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シネマ365日

2013年7月18日

クライム・オブ・パッション (1984年 サスペンス映画)

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監督 ケン・ラッセル
出演 キャスリン・ターナー/アンソニー・パーキンス

アブノーマルへの情熱

 サドが似合う女優をひとりあげよ、といわれたらまずキャスリン・ターナーだ。マゾ的男優とくればアンソニー・パーキンス、変態的監督をあげよ、ならばとるのもとりあえずケン・ラッセル。この三者が一堂に会したというのが本作「クライム・オブ・パッション」だ。たしかにケン・ラッセルの「恋する女たち」の男ふたりの全裸のレスリングとか「肉体の悪魔」のヴァネッサ・レッドグレーヴの尼僧とか、淫乱と冒涜を通り越して恐怖を与えるのがラッセル監督だろう。本作はまだラッセル映画のなかでは控えめなほうだと思うが、それでもいろいろやってくれていますよ。ロスアンゼルスの売春宿で踊る女の肢体をみながら、それぞれ小さなブースに入った男たちが足元にティッシュを落としていくシーン。ここはブースの小窓からのぞく目しか映らないのだけど、そこから転がり出てきた男の一人が、やや、アンソニー・パーキンスではないか。パーキンスは53歳。髪には白いものがまじっているが細い頬に刻まれるシワはかえって渋さを際立て決して醜いオッサンではない。しかしながらこの役柄はなんだ。彼は牧師で、娼館からよろめき出て地面に倒れ、乱れたこの世の救済を絶叫するのだ。ノッケからおふざけ噴火のサイケである▼ラッセルは場末の売春宿を舞台に身も蓋もないセックスのアブノーマル性をむき出しにさせる。登場人物はラッセル監督の期待に応え嬉々として狂いたがっているようだ。自身ラッセルのファンだというキャスリン・ターナー扮するヒロインのジョアンナはファッション・デザイナーとしてバリバリ活躍しているが、上司は「あの勤勉ぶりは異常だ。産業スパイにちがいない」と邪推し探偵役をボビーという男に頼む。ボビーは妻と子と平和な家庭生活にいるが、そんなことラッセルが許すはずがない。ジョアンナの行動を調べ始めた彼は、昼はキャリア・ウーマン、夜はチャイナ・ブルーという源氏名の娼館ナンバー1。ボビーは彼女の二重生活にはまり込み完全に虜になる。しかしなんといっても最高はパーキンス。肌身離さず持ち歩いている大きなカバンに入っているのは聖書? とんでもない、電動ドリルに空気でふくらむ携帯ダッチワイフ、SMプレイにのめり込むド変態の牧師なのだ。イギリス人ラッセルがアメリカ流ハードコアにずかずか踏み込んだ、ダイナミックなエロティシズムがあふれかえる▼倦怠期にいるボビーは結婚生活なんてこんなものだろうと思っていたが、妻からセックスライフの不満をきき、なんで打ち明けなかったと怒るが、妻はこういうことは打ち明けたからどうなるものでもない、いちばんいい方法は相手を変えることだといわんばかりに家を出て行く。ボビーはセックスアピールをふりまくチャイナ・ブルーが忘れられずとうとう自宅を訪れ(豪邸である)彼女の本業を知って驚く。ラッセルはセックスが本音をぶつけあう人間の営みであることをあの手、この手で示したがる。日本の浮世絵の、それも露骨な春画が再々スクリーンに登場する。悪趣味だろうと行き過ぎだろうと逸脱だろうと、人が生きるのは着飾った精神のもとではなく剥きだした感覚の中で、銅像のように眺める人生ではなく裸の行為者となって呼吸する生き方。ラッセルの映画とはおしなべて、もったいぶった価値観をすべて地べたにひきずりおろす。その腕力はとても魅力的で、登場する人間はたとえ異常で、アブノーマルで、サイケで狂っていたとしてもにせものではない▼ラストの締めくくりをみてみよう。ひとり自分の部屋にいたジョアンナをパーキンス牧師が訪れた。彼は彼なりに逸脱した女・ジョアンナが好きなのだ。しかしいまやボビーと新生活に踏み出そうとするジョアンナに怒り狂い、魂の救済に熱狂する。パーキンス君の真摯な横顔が印象的ですが、ラッセル監督はどこまでも意味不明の台詞をしゃべらせ、それをパーキンスは喜んでのめりこんでいるのです。この三人のとどまるところを知らぬシュールな世界に圧倒されます。よりをもどそうとする妻をふりきってジョアンナの家にもどってきたボビーは、目の前で牧師のナイフがジョアンナの背中に突き刺さるのを見た。おおお。だがゆっくりと顔をあげたジョアンナのあたまからカツラが落ち、その下から現れたのはパーキンス牧師。ナイフをつきたてた牧師の衣装をきたジョアンナは救済を願う牧師の懇望を叶えたのだ…サイコの逆バーションというパロディで本作はエンド。パーキンスとラッセル監督のノリノリが伺えます。

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