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シネマ365日

2013年7月20日

私刑警察 (1988年 犯罪映画)

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監督 ジョゼ・ピネイロ
出演 アラン・ドロン/ミシェル・セロー

アラン・ドロンの天賦 

 1980年代のアラン・ドロンとフランス映画界はどんな時代だったか。ロミー・シュナイダーが43歳で亡くなった(1982)。元フィアンセであったロミーの女優としての力量をドロンはよく知っていた。自分のよき理解者でもあった彼女の葬儀をドロンは表にでることなく仕切った。翌年ルイス・ブニュエル監督が84歳で(1983)フランソワ・トリュフォー監督が52歳で(1984)、ついでシモーヌ・シニョレが64歳で(1985)、リノ・バンチュラが68歳で(1987)没した。一方1988年リュック・ベッソン監督の「グラン・ブルー」が、クロード・シャブロルの「主婦マリーがしたこと」が同年に公開。1989年「仕立屋の恋」でパトリス・ルコント監督が注目を集めた。アラン・ドロンは本作の公開時53歳だった。ロミーも死んだ、シモーヌも死んだ、リノ・バンチュラも死んだ。彼らとドロンは「太陽は知っている」「冒険者たち」「燃え尽きた納屋」「帰らざる夜明け」で共演、フランス映画の称賛をほしいままにしたといってもいい。1980年代に入り仏映画界には新しい才能のある監督が頭角をあらわす一方、ヌーベル・ヴァーグの旗手らは鬼籍に入り、シャブロルは独自のスタイルで自分の映画を撮り、アラン・ドロンの、というより映画界の黄金時代1960年代から70年代は過去となっていた。そういうときにアラン・ドロンは「亡きジャン・ギャバンに捧げる」としてこの映画を製作している。「私刑警察」というフィルム・ノワールはアラン・ドロンという俳優が生まれ育った犯罪映画への挽歌のように▼主人公のグランデル刑事部長(アラン・ドロン)は相変わらずカッコいい。署内一の切れ者で仕事一筋。妻なし子なし愛人一人。部下を可愛がり相棒となった刑事をよき警察官に育てようとアドバイスを惜しまない。事件は陰惨だった。パリの有力なマフィアのボスたちがほんの数時間のうちに連続で殺害された。組織的なプロの手口だ。グランデルは部下二人と捜査を担当する。長年つきあってきた老いた情報屋にネタをとりに行くと「マフィアのやりくちとはちがうように思う。ちょっと心当たりを当たるから待ってくれ」と言ったその日に情報屋は殺される。自分の行動が筒抜けになっていることを知ったグランデルは警察内部の秘密の組織を察知した。グランデルの捜査が進めば進むほど犠牲者が続出した。やがて一連の連続殺害事件は、悪を憎むあまり無力な法律や警察に失望し、自ら死の裁きを与える「正義警察」の存在が署内にあることが明らかになる。その私刑警察のリーダーはスカティ警視(ミシェル・セロー)だった。一人の部下は殺され、もう一人の部下はスカティの回し者だった。私刑警察は蜂起宣し同調しない警官たちを私刑にかけていった。上層部も抱き込まれていた▼髪に白いものがまじり、お腹も出て背中に肉がつき、ちょっと鈍重な感じがしてきたアラン・ドロンです。若いときのトレードマークみたいだった眉間の深いタテじわも顔全体が丸みを帯びてきたせいかあまり目立たなくなりました。ドロンを愛する女というのがこういうタイプだ。くたくたに仕事に疲れたドロンが女のベッドに倒れこみ、女はやさしく男をいたわる、さりげなくて男の邪魔をしない、賢いがでしゃばらない好い女という、ドロンの万古不変の女性像。こういうエゴイストぶりにもかかわらず女が愛想を尽かさないのはなぜ。アラン・ドロンという人、彼は人間がひきつけられる「蜜の味」を知っているのです。大根役者といわれようと女たらしだろうと顔だけの男といわれようと彼の精進は立派です。演技力とかヘチマとかではない。新しいとか古いとかでもない。男であろうと女であろうと寄っていかずにはおれない蜜を死ぬまで芳香させるやつ。彼にいわせれば名優なんか掃いてすてるほどいるのです。だれも真似ができない蜜の味こそ彼にそなわった天賦の才だ。それをだれよりもよく知って自分自身を磨きあげてきた。彼の一挙手一投足はもしだれかその真似をしたら滑稽以外のなにものでもない、そんな前人未到のナルシストです。

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