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シネマ365日

2013年7月25日

ペイド・バック (2011年 スパイ映画)

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監督 ジョン・マツデン
出演 ヘレン・ミレン(ジェシカ・チャスティン)/トム・ウィルキンソン(マートン・チョーカシュ)/キーラン・ハインズ(サム・ワーシントン)

30年の「負債」

 30年前の秘密が負債(デプト=原題)となってのしかかってきた元モサドの工作員男女三人。レイチェル(ヘレン・ミレン=若き日の彼女を演じるのがジェシカ・チャスティン)、ステファン・ゴールド(トム・ウィルキンソン=マートン・チョーカシュ)、デヴィッド・ペレツ(キーラン・ハインズ=サム・ワーシントン)がそれ。時代は1965年。三人はナチスによる人体実験をしていた収容所(ビルケナウ)の外科医フォーゲルを射殺した英雄として、東ベルリンからイスラエルに帰国した。レイチェルとステファンは結婚し娘が生まれた。30年後娘は父母の偉業を本にして出版した。出版記念パーティーの当日デヴィッドが自殺した▼東ベルリンに潜入した三人はみな若く経験は浅い、任務の重圧に潰れそうになったり仲間割れしそうになったり、まずい食事やごわごわの服、隠れ家とした下宿先で雨の日は格闘技の練習、わずかな叙情はときどきステファンが弾くピアノ。爆破工作も銃撃戦もなく、主人公たちは真面目で忠実であるもののときに素人くさく、とても「007」のスーパーマンではない地味でリアルなスパイとして描かれる。監督は「恋におちたシェイクスピア」や「コレリ大尉のマンドリン」のジョン・マツデン。レイチェルは貧しい隠れ家にある医師の外科手術の資料をみながら怒りと悲しみにふるえる。網膜の色を変える実験に何人もの子供を失明させ、血管にガソリンを注入し、腕と脚を付け替える手術を施した。この医師を故国に連れ帰り裁判を受けさせるのが彼らのミッションだ。フォーゲルは婦人科を開業しているのでレイチェルとデヴィッドが夫婦役になり、レイチェルが不妊治療と称してフォーゲルに近づくという計画だ。婦人科医の診察シーンが節度のあるショットでしかしリアルに運ばれる。マスクのように感情を抑えた表情で彼女は「ゼロ・ダーク・サーティ」に抜擢されたのではないかと思うほど、冷たい空気を体現する▼息苦しい緊張の毎日に、レイチェルはステファンと関係をもち妊娠する。フォーゲルを隠れ家に拉致したが隙をみたフォーゲルは格闘のすえレイチェルの頬にざっくり傷を与えて逃走する。逃げられた三人はフォーゲルが逃亡を計ったので射殺したとミスを隠して国に報告した。帰国後英雄となった三人だが罪の意識が拭いきれないデヴィッドは工作員を辞任した、レイチェルはステファンと結婚し娘を産んだが離婚した。モサドに残ったステファンは、デヴィッドの残した情報から、新聞社が30年前の「フォーゲル射殺」の真相を探っていること、フォーゲルがウクライナの老人施設に生存していることをつきとめ、レイチェルにフォーゲル暗殺を命じる。レイチェルは断るがもし真相が暴露されたら娘一家の幸福を守れないと考え、ウクライナに向かう▼スクリーンの酸素が薄くなっていくような緊迫感でフォーゲル暗殺シーンが続くのですけど、オープニングでは陰気な年配の婦人でしかなかったヘレン・ミレンが、ウクライナ潜入あたりからがぜん表情が引き締まりきれいになってきます。生き残ったフォーゲルと怨念の死闘のはてフォーゲルを殺しますが自分も重傷を負います。レイチェルが助かるのか助からないのかわかりませんが、レイチェルの残したメモによって新聞記者に真相が託されます。考えてみればステファンはその後良心の呵責もなく組織内で出世し、危険な仕事は女におしつけ自分は車椅子でぬくぬく。英雄の皮を剥いだらこんなものだと監督はいいたいのかも▼第二次世界大戦の敗戦の荒廃が色濃く残るベルリン。三人が身を潜ませた下宿屋の小汚い床や壁、駅に張り巡らされた鉄条網、ベルリンの東西を分ける壁。その境界の厳重な警戒網。街路は殺風景でおよそ彩りらしい色彩はない。目に入るのは無彩色の制服ばかり。女性はうつむきかげんに、男性は疑い深そうに歩く。監督はそんな視覚の映画言語を能弁に語らせる。監禁されたにもかかわらずフォーゲルがレイチェルに「失礼。きみたちユダヤ人は勝ちなれていないから意味がわからないだろう。歴史ではいつも死に役だったからな」などという侮蔑的な発言を平気でする。ヨーロッパの根深い差別意識が引きずり出されている。

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