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特集「過剰な女たち」

2013年8月2日

特集「過剰な女たち」 バグダッド・カフェ (1987年 家族映画)

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監督 パーシー・アドロン

砂漠の天使

 ある日砂漠の向こうから、乾いた風に吹かれながら現れた、大きな太った中年の女ジャスミン(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)が本作の主人公だ。彼女はディズニーランドの帰りに夫とケンカして別れ、思いトランクをひきずり「バグダッド・カフェ」と看板のあるうらぶれたモーテルにたどりついた。宿の女主人ブレンダ(CCH・パウンダー)は無愛想に品定めし迷惑そうな素振りを隠さない。ジャスミンはドイツのミュンヘン郊外ローゼンハイムからアメリカに来た旅行者で、たどたどしい英語で宿泊を頼む。ここはラスベガスとロサンゼルスの途中にあるモハヴェ砂漠。モーテルの前を長距離トラックが通る以外、姿をみせるのはコヨーテだけだ▼ブレンダはなにが気に入らなくてそこまで不機嫌なのか誰にもわからないほどの激情型。亭主を追い出し、娘のフィリスは男と遊び歩き母親の手伝いもしない、息子サルは生まれたばかりの赤ん坊を女に置いていかれ、赤ん坊の入った籠をそばにおいて一日ピアノばかり弾き、ブレンダが「客がいるときはやめな」と怒鳴る。仕方なくサルは紙に描いた模擬鍵盤で練習する。ブレンダが受付にしている部屋の窓も壁も机も砂だらけ。ジャスミンがそっとデスクを指でこすると分厚いほこりがたまっている。たった一人いるバーテンはろくにコーヒーの淹れ方も知らない。ブレンダは思うようにいかない彼女の人生のすべてにいらだつ女だ。カフェの前のボロのトレーラーにはハリウッドで映画の背景を描いていたという初老のルーディー(ジャック・パランス)が寝起きしていた。アドロン監督は手際よく主演級をすべて早い段階で登場させ、あとはこれをゆっくり劇にしつらえていきます、さあこちらへとばかり観客を導き、スクリーンは早くも濃い充足感を放ち始める▼ブレンダは正体不明のジャスミンが気味悪くて仕方ない。彼女はサルの赤ん坊を抱いて頬ずりし、昼寝ばかりしているバーテンの代わりになにか仕事をしたそうなのだ。ブレンダはジャスミンを追いだそうと躍起になるが、ビザも身分証明書も問題ないから保安官だってどうしようもない。ジャスミンはフィリスやサルにも親しげにほほえみかけ、ぶしつけな質問にも我慢強く答えてやる。ブレンダの破壊力をもってしても通じない強力なものがジャスミンの人となりだ。ある日ブレンダが町へ仕込みに行った留守中にジャスミンはモーテルを大掃除してしまった。給水塔に登ってごしごし洗う、不要品は捨てる、事務所はピカピカに磨き上げる、埃を拭われた看板はくっきりと、レストランの床もテーブルもシミひとつなく椅子は整然と。ガタのきたパイプ椅子にテーブルでも上等にみえる。仕入れから帰ってきたブレンダは宮殿のようなモーテルに目を疑う。でも彼女は気にいらない。余計なことをするなと激昂し今すぐ元へ戻せと命じる。素直に、しかししょんぼりとゴミ捨て場からガラクタをもって戻ったジャスミンをみてブレンダはさすがに矛をおさめる。やってきたトラックの運ちゃんたちは、清潔で快適になった店内の雰囲気に晴れ晴れする。ジャスミンはバーテンにまともなコーヒーのいれかたを教え、フィリスの愚痴の聞き役になってやる。ブレンダさえジャスミンを「あのデブ女」と呼んだサルを「宿賃を払ってくれているお客さまだよ」とたしなめる。サルはサルで自分のピアノに聴き入るジャスミンがドイツから来たとわかると「そう思っていた」と尊敬するバッハの肖像画に目をやる。ゆったりしたジャスミンの包容力にいつしかみな角つきあわせることをやめた。ルーディーはジャスミンをモデルにして絵を描く▼ハウツー本を読みながら手品を覚えたジャスミンはカフェの客相手に手品を披露し、おもしろがった運ちゃんたちはトラックを走らせながら「バグダットで休憩しようぜ。あそこの楽しさはベガスなんか目じゃないぜ」と言うようになる。彼らの運転席に貼ってあるのはマリリン・モンローだ。サルは客達にピアノを演奏し、フィリスは手品を手伝いブレンダとジャスミンは次々新作を覚え店は大繁盛。でもいいことは続かない。ある日保安官が訪ね、ビザの期限切れと労働許可証の不所持を理由に本国送還を告げた。ジャスミンは来た時と同じトランクをさげ砂漠の風のなかを去っていった。見送るブレンダは魂の抜け殻のようになってしまった。ルーディーは描き上げたジャスミンの肖像をカフェの壁に掲げてせめてもの慰めにした。客足はまた遠くなった▼数ヶ月。ブレンダが所在なげに砂漠をみていると砂埃をあげてバスが止まった。だれかが降りたようだ。店にきてほしくない。だれも相手にしたくない。半分閉じた気だるげなブレンダの目に白い服をきた女がこっちへくる。背の高い太った大女。ひきずっているトランク。見まちがいようがなかった。はねおきたブレンダは走りだす。ジャスミンが帰ってきたのだ。ジャスミンを奪い合うように迎えるブレンダと彼女の家族、ルーディーとの再会のシーンはどんな気難しい映画ファンでも、つかの間の人生に与えられた、たとえ束の間であったとしても、その幸福を祝福したくなるだろう。ドイツ人監督パーシー・アドロンの傑作。

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