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シネマ365日

2013年8月23日

エターナル・サンシャイン (2004年 恋愛映画)

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監督 ミシェル・ゴンドリー
出演 ジム・キャリー/ケイト・ウィンスレット

記憶は人生の財産 

 脚本が「脳内」の好きなリチャード・カウフマンです。辛い記憶を消すことができる、それによって新しい自分に生まれ変わることができるという奇抜なアイデアでした。制作費2000万ドルで興行成績が7200万ドル。ヒットした映画なのだけど、どこがそんなによかったのだろう。仮に記憶除去手術というのが可能だとしても、受ける気になるでしょうか。そんなこといいだすとこの映画はなりたちませんから「記憶除去手術がある、それに対する需要もある」という前提に立とう。でもしつこいようだけど、その前提そのものが意味ないと思うのよね。記憶というのは経験だし、経験を消すと自分の人生の財産も消去することになる、それに記憶とは時間の経過によって変容していくものだから、ときがたてば辛い記憶も甘くなる。自分の都合のいいように記憶しなおして人は過去をのりこえたり、過去から力を得たりする。それが現実だから記憶除去なんてしなくても精密な脳内装置は生きやすいように記憶を組み立てなおしてくれるものだ▼この映画でも病院で働く看護師が、自分の不倫の記憶を消していたにもかかわらず同じ男を好きになってしまう。いったい記憶除去はなんの役にたったのだ。おまけに主人公のひとりジョエル(ジム・キャリー)はさんざん罵り合ってトラブルを経験して別れた恋人が、やっぱりかけがえのないパートナーだった、自分の愛はほんものだった、もうあの女性と別れたくないと記憶を除去していく途中で気が変わる。しかしもうおそい、幸いにして除去装置が成功し、すっかりあのストレス発情装置みたいな女のことは忘れた(そこに至るまでの脳内での、ゆきつ・もどりつのプロセスはさんざん述べられるが)なのに心機一転、目覚めたその朝から再び同じ女性クレメンタインと恋に落ちるのだ。それも自分たちふたりが記憶除去手術の術前データとして、相手の気にいらないところをさんざん指摘したテープを聴き、にもかかわらず「それでもいいよね」と合意し、これこそは「エターナル(永遠の)サンシャイン」であるという解題だ。ジム・キャリーもケイト・ウィンスレットも好演でした。脚本はオスカーを受賞しました▼話は変わるけど、ハリウッドのこのおめでたい伝統「すべてはハッピーエンドに」はますます強くなるのではないだろうか。世界の映画市場での一党独裁をめざして、アメリカ映画はますます大作化。イメージのみを作り出す巨大なマジックかマシーンそのもののようになっていく、エンタテイメント機能が肥大したわかりやすい映画が観客を動員する。でも記憶に残る映画っていうのはただただ刺激的というだけじゃなかったはずだ。映画に娯楽と、娯楽以上のなにかを求めたい人はいる。それが監督や脚本や役者のコンセプトであり良心だと思うのよ。「エターナル・サンシャイン」でも前提はばかげていたけど、結論として「どんなつらい、腹の立つ憎しみと恨みの記憶でも、それが自分自身の財産なのだ」というメッセージはわかる。人物のこまやかな内面がどうでもよくなった映画をハリウッドが量産しているときだから、この映画に多少の不満はあってもごちゃごちゃ言うまい▼粗筋は金平糖みたいなロマンスそのものだ。バレンタイン目前のある日、ジョエルは恋人クレメンタインの勤める本屋にいくが、彼女はまったく自分を無視し知らない男と親密な関係をほのめかす。ジョエルはクレメンタインが自分との記憶を全部消してしまったという不思議な手紙を受け取る。ショックのあまりジョエルは自分もクレメンタインの記憶を消すことに決め、記憶除去装置手術を施す病院を訪ねる。まことしやかな「除去装置」に携わる技師と看護師がイライジャ・ウッドとキルティング・ダンスト。ダンストは「スパイダー・マン」とちょっとちがう、不倫の女を、オジサンっぽくなったイライジャ・ウッドが彼女を愛するしょぼいオペレーターを演じてわりとよかったです。

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