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シネマ365日

2013年8月25日

コズモポリス (2012年 社会派映画)

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監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 ロバート・パティンソン/サマンサ・モートン/ジュリエット・ビノシュ

グロテスクで美しいもの 

 クローネンバーグの初期の作品に、双子の兄弟がいて性格は対照的だがすこぶる仲が良い、一心同体の兄弟が女優の出現でひずみが入る、彼等の精神の均衡が崩れ悲劇に至るという映画がありました(「戦慄の絆」)。なんとなくこれを思い出すのよね。主人公エリックは28歳で巨万の富をえたニューヨークの投資家。リビングみたいに広いリムジンは移動するオフィスだ。車の中にいて瞬時に世界の為替の動きを知り、元の調整に失敗して一夜にして資産を失ったことを知る。でもかれは「それがどうした」という顔でいるとってもミステリアスな青年。ネズミのことわざか劇の台詞かをいきなり口にし、車の中に忠実な部下やパソコンオタクの青年がのりこみ、エリックと形而上学的な会話を交わす。エリックはその日ふと散髪がしたくなって車を出させたのだが、大統領のパレードかなにかがあって道路は規制と渋滞でのろのろ運行、その途中妻をみかけて声をかけランチにさそい、カウンターで昼飯を食う。馴染みの娼婦に出会うとアパートによってセックスし、デモがおしよせてきて白いリムジンは落書きと暴行ででこぼこになるが、むろんミサイルだって壊せない防弾ガラスだからヘッチャラ。無表情なエリックはあっちによったりこっちに降りたり、自分を狙う暗殺者もいることを知っているが、だからといってとくに警戒するふうでもない。車の中には医者が呼ばれる。エリックは毎日健康診断を受けているのだ。毎日ですよ、毎日。意味があるのか(ないだろ)。医者が「前立腺が非対称です」という。これなのよ、双子の崩壊を思い出した理由は▼デヴィッド・クローネンバーグはボディ・ホラーの代表的監督だ。「スキャナーズ」「イグジステンス」「フライ」「ラビッド」奇形に変容していく顔や形あるいは超能力者たちの戦いや、肉体が破裂損傷するバーチャルにしても過激なシーン。と思えば「イースタン・プロミス」や「ヒストリー・オブ・バイオレンス」でみせた非情と背中合わせの叙情。しかも闇と狂気をはらむ叙情だ。思えばクローネンバーグの情熱をかきたててきたものは、目に見える世界においても目に見えない世界においても「グロテスクなもの」だった。クローネンバーグ自身が役者として出演した「ミディアン」では連続殺人鬼の精神科医だった。好きやのオ~こういう世界が。ボディ・ホラーどころか身心のホラーこそ彼のホームグラウンドなのだ▼エリックはいけども、いけども、散髪屋にたどりつけない。このへんすっかりルイス・ブニュエルふうである。ありましたでしょ。いくら待っても晩餐にありつけないセレブたち、いざナイフとフォークを手にするとドカドカと邪魔がはいってうまそうな食事はおあずけになる(「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」)。夢のなかのごちそうのように、豊かに満ち足りた視覚なのに(たとえば豪華なディナーの食卓)すべてはバーチャルであって、結局はどうしようもない飢餓感が襲う。エリックはその飢餓感もない。妻とは3週間前に結婚した。彼女の実家は使い切れない富を有する大富豪だ。彼らの昼食の会話は「どのくらいお腹がすいているかわからないわ」「食べればわかるさ。それよりセックスについて話そう」「わたしたちは結婚してまだ数週間よ」「すべての物事が数週間の命なのだ。僕らだって数分しか生きられないのだ」こんな新婚さんってみたことも聞いたこともない。金がありすぎると腹のヘリ加減もわからんようになるのだ▼ラスト近くエリックは暗殺者の襲撃を受けます。ここに至ってクローネンバーグはやっとこの映画に解決を与えます。どことなくホームレスふうの暗殺者はいいます。「アンタは加虐的なまでに正確に分析した。だがあることを忘れた。歪んだものの重要性だ。均一でないものの存在だ。美しいバランスばかり求めた。完璧に均一で左右対称。元の気まぐれさを追うべきだった。癖があって歪んだ形。異形な形。アンタの前立腺に答えがあったのだ。やはりアンタを撃つ。そうしないとおれの人生は無意味になる。パニック障害の発作か? 何年も怒りを抱いてきたからな。もし足の水虫がオレに話しかけたとする、アンタと殺せとね。それだけでアンタの死は正当化されるのだよ。健康診断を毎日やる? ふざけるな」オッサンは殺す、殺すとエリックに銃をつきつけながらいっこうに発砲せず演説をやめない。「アンタの呼吸や考え方もむかつく。お前はもう死んでいる(北斗の拳か)。100年も前に。死人も同然だ。おれのことを早く救ってほしかった」ふーん。エリックに無視され続けた異形の、グロテスクの精神は、こういうホームレスの意匠をまとって彼に復讐したのですね。つまり美しい均衡に対するクローネンバーグの嫌悪というか、破壊の衝動というかいいがかりというか、均衡だけが世界じゃないぞ、みろ、アンバランスで不均衡で歪んだ世界の魅力をわかろうとせんやつは「破産するのじゃ~」ということで、グロテスクや非対称が共存する世界こそが「コズモポリス」だといいたいみたいです。それまで監督がああだ、こうだと映画的言辞を弄して展開してきた「非対称世界」の答えが前立腺というのにはのけぞったけどね。相も変わらずハワード・ショアの音楽にしびれる。「ヒューゴの不思議な発明」も彼。「イースタン・プロミス」「ディパーテッド」「パニック・ルーム」「クラッシュ」金属のように乾いていて、そのくせ心の底にかくしておきたい郷愁をかきたてるようなロマンティシズム。クローネンバーグはこの人を離しませんね。

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