女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「銀幕のアーティスト」

2013年9月1日

特集「銀幕のアーティスト2」 アドルフの画集 (2002年 事実に基づく映画)

Pocket
LINEで送る

監督 メノ・メイエス
出演 ジョン・キューザック/ノア・テイラー

画家をあきらめた男

 本作の主張ははっきりしている。「ヒトラーの悪魔的な行動の根源は挫折したアーティストにある。画家として自己表現し損ねたことによる失望感と欲求不満が、政治を、もっというなら独特の演説術を、彼は自分の新しいアートとしたのだ」つまり、ヒトラーというモンスターの誕生前夜に的をしぼったのがこの映画だ。色調は暗く重く戦雲と砲火が再びヨーロッパを覆う直前の空気を伝える。人類の悲劇となったジェノサイドの導火線に、一人の男が火をつけようとしている…歴史を知ってしまったわたしたちはそのようにとらえるが、スクリーンにいる30歳の痩せた暗い男は、ひたすら画家になることを夢見ている。世界史上最大のヒールだから映画化は難しかったと思う。極悪殺人犯の弁護に当たる弁護士が世間から責められるように、どう描いたところでヒトラーはヒトラーだ。しかし「画家になりそこなった男の自己表現」という視点は斬新だった。メノ・メイエス監督はスピルバーグの「カラーパープル」でアカデミー脚本賞にノミネートされ、本作が監督デビュー作になった。冒頭こんな字幕がでる「第一次世界大戦でドイツ人200万人が命を失った。10万人がユダヤ人でありうち4万人は志願兵だった」これだけで胸に突き刺さるものがある。ドイツのために戦ったユダヤ人にこの数年後のドイツでなにが待っていたのだ。またそれはどうやって引き起こされたのだ。背筋が寒くなる▼ミュンヘンの1918年。復員したヒトラー(ノア・テイラー)は家も家族も失い食べるものも事欠き、カルトン(画板)と空きっ腹をかかえ町を歩いていた。ヒトラーは18歳のときウィーン造形芸術アカデミー入学を志したが失敗、翌年も合格できず、むしろ建築家を目指したらどうかと、ていよく画家としての才能に引導を渡された。しかしヒトラーはあきらめきれなかった。絵葉書などを描きながら生計をたて24歳のときドイツ陸軍に志願し西部戦線に配属、4年間の兵役を終え伍長で復員した。敗戦国ドイツは苛烈な賠償金、領土の割譲、軍備の制限など一方的なベルサイユ条約に調印、国民の不満と反発が充満していた▼そんなときヒトラーはユダヤ人画商 マックス(ジョン・キューザック)に出会う。さきの大戦で右腕を失ったもののマックスは裕福な家で育ち、有力な家族に囲まれ画商として成功していた。マックスはヒトラーの絵に関心をもつが、ヒトラーは衣食住の安定のため軍の広報宣伝係に雇われる。ヒトラーの演説デビューをきいた広報の担当者らはこう言う「口が達者なだけでやつの演説は空虚だな。あいつは空虚な社会の申し子かもしれん」ちょっとできすぎの台詞だろうが、ヒトラーの魔術のような演説術を言い得て妙だ。中身はなくても壇上で腕をふりあげ、アーリア人の優秀な遺伝子による強い国家建国というわかりやすい絶叫は、敗戦の屈辱にまみれていた国民を熱狂させた。ユダヤ人であるマックスはそんな演説を聞いていい気持ちがしない。それを言うとヒトラーは意外にも気弱な表情で「やりたくてやっているわけじゃない。食うためだ」とこぼす。ヒトラーの粗末なアパートで描きためた絵をみたマックスは異様な才能を直感し「個展を開こう、必ず世間に認められる」と請け合い、画業に専念するよう当座の金をわたす▼あきらめかけていた画家への道が開かれる。ヒトラーは落ちくぼんだ目で製作に没頭し、これが最後だと決めた演説を終え、マックスと待ち合わせたレストランに作品をかかえて急いだ。同じくレストランに向かったマックスは、皮肉なことにヒトラーの演説に興奮した国粋主義者の一団に襲われ撲殺される。レストランにひとり大事そうに作品をかかえ、入り口から目を放さずテーブルでマックスをまつヒトラー。やがて店は閉店時刻になり客足はたえ、ヒトラーはあきらめて店を出る。肩をすぼめて去る後ろ姿に街は華やかなクリスマスのイルミネーション。絵をあきらめたヒトラーはもうひとつの自己表現の手法にのめりこんでいく。わずか3年後ヒトラーは国家社会主義ドイツ労働党(ナチス)の党首に就任する。彼は一兵卒のときから塹壕の中でもスケッチしていた。どこにいくにも大事にかかえていたカルトンを棄て、画家への道を自ら閉ざしたとき「わが闘争」の幕は切って落とされたのだ。原題は「マックス」。劇中のマックスは架空の人物ですが、タイトルの「マックス」とは、ヒトラーがアートを失った一瞬、歴史が転回した一瞬の「最大値」を、マックスという人物になぞらえたのだと思います。

Pocket
LINEで送る