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特集「銀幕のアーティスト」

2013年9月3日

特集「銀幕のアーティスト2」 赤い風車 (1952年 伝記映画)

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監督 ジョン・ヒューストン
出演 ホセ・ファラー/シュザンヌ・フロン/コレット・マルシャン

ロートレックのダイナミズム 

 オープニングから延々30分ほども「赤い風車」(ムーラン・ルージュ)で踊り子や男のダンサーが「カンカン」を踊りまくります。パリの下町の夜の熱気が充満する酒場で、トゥルーズ・ロートレック(ホセ・ファラー)は黙々とスケッチしている。コンテが鳥のように軽やかに動くたび、踊り子たちの振り上げた脚が、手が、反り返った胸が一瞬で描かれていく。この冒頭の「赤い風車」のシーンがラストに再現されます▼ロートレックの生涯に真正面から組んだ、ジョン・ヒューストンらしい太い骨格がいいですね。女嫌いで女性蔑視とさえいわれるヒューストンの女に対する「冷ややかなまなざし」がロートレックを通して妙に冴えていたのが面白いです。ロートレックは心根のやさしい、知性も教養も、さらには名門の家柄と財産を備えた当代一といっていい男性ですが、容姿コンプレックスのため女性の前で自虐的な、自分の短躯や才能を卑下したような態度をとってしまい、彼を愛する女性ミリアム(シュザンヌ・フロン)の愛を信じられません。自分のような醜い男を、女は本気で愛するはずがないのだと思いたがっている。もっともミリアムに出会う前に現れたマリイという女にひどい目にあい、女はもう懲り懲りだったかもしれませんが。ミリアムは聡明な女性でした。ロートレックが繊細な感性ゆえにそれを鎧で覆わねばならないこと、芸術家として無比の力量を備え、酒などで決してだめになる男性ではないが、なんとか肉体の衰弱をくいとめ本来のすぐれた資質を存分に発揮させたいと願います。でもそんな自分の愛が受け入れられないことに絶望します▼ロートレックが最初に同棲した女というのが娼婦のマリイですが、脚の悪いロートレックに「もっと速く歩けないの」とか「その脚はどうして悪くなったの」とかまったく無神経な女です。ロートレックが自分の肖像を描いているときに「いくらで売れるの」「モデル代は払ってくれるの」と高圧的にたずね「必要なお金はわたしてあるだろう」というロートレックに「お金を払わないならモデルは止める」。ロートレックは我慢強く女の注文を聞き「なんでも金に換算するな」とか「どんなことがあっても君にやさしくしたい」とか心を尽くして言いますが女は耳も貸さない。「わかった。おしゃれしてレストランに行こう」とロートレックはイーゼルを離れる。女は居丈高である。ロートレックが連れていったレストランに、でもマリイはビビってしまう。ロートレックが席につくや、すべるようにやってきた給仕に「シャンパン」とまず注文「ホタテの前菜。それから雉に、ソーズはアルマニャック。ポマールもたのむ。どう、素敵な店だろう、大統領もくるのだ」「息がつまりそうだわ」マリイはあくまで刃向かい「陰気な曲ね、もっと威勢のいい音楽がいいわ」と室内楽にケチをつける▼捨て台詞を残して出ていった女なのにロートレックは食事も喉を通らないほど憔悴する。母親が「つきあっていたのはどんな女性か教えて」と聞くとこうだ「彼女は弱肉強食の、生きるか死ぬかの世界で子供のときから生きてきた。裏切りと残酷さが渦巻く世界だ。でも彼女は自由だった。ぼくはそんな彼女をしばりつけようとした」「思いやりを期待したのがまちがいよ」と母親はホントのことを言う「ジャングルに情けはないのだね」息子も頭ではわかっているが「彼女に去られ、追いかけたい気持ちを必死で抑えています」とくると、いくら母親でもお手上げである。ひどい女だが探し出さないと息子は死んじゃうかもしれない。絵に関しては天才だが、女に対しては放り出された赤子同然のロートレックです。女が去ったあとロートレックは自殺を試みますが描きかけの絵が彼を思いとどまらせる。「赤い風車」を舞台に生まれた彼の傑作のほとんどは晩年(といっても30代)のものだ▼ロートレックと出会ったミリアムはある日彼を自宅に招く。ロートレックがそこで見たものはかつて自分が描いたマリイの肖像だった。「なぜこれを」「フリーマーケットで、当時仕立屋の見習いをしていたわたしの全財産だった2フランで買いました。換気扇もない部屋で一日10時間働き1フラン。家で内職して小銭を稼いだ。食べることよりこの絵が大事でした。彼女の冷たく乾いた孤独な目が気に入って」こんなミリアムなのに彼女にむかってロートレックの吐く言辞はこうだ「結婚なんてそのうち飽きるさ。単なる肉欲と所有欲を精神的なつながりと勘違いしているだけだ」ふつうの女なら逃げ出して当たり前だろう。でもミリアムは「あなたの絵は素晴らしかったわ。3日も展覧会に通って見たわ。機知に富んでいて優美な絵だわ」「お世辞はけっこうだよ、賞賛は信用できないね」やがてミリアムは他の男に結婚を申し込まれる。「背が高くハンサムで金持ち。理想的じゃないか。こんなあさましい醜い奴隷とちがってね」「どうして自分を卑下なさるの」「ぼくに同情しているだけだろう」「あなたに愛されたかった。努力したけれど報われなかった。愛はないけれどマルセル(プロポースした男)と結婚します。さよなら」あーあ。自業自得とはいえ掌中の玉ともいえるミリアムを失ってしまった。ロートレックの生きる気力は水に溶ける塩のように溶解してしまう。アブサンに溺れ階段から脚をすべらしまたもや宿痾の脚を骨折。寝たきりになった息子を母親は自領の屋敷にひきとる。日に日に衰弱していくロートレックに、友人の画商がかけつける。「ルーブルが君の絵を買い上げる。生前に館蔵品とされた画家は初めてだよ」ロートレックの意識はもうろうとしてなにも見えない。かすむ目に「赤い風車」が、そこで踊る踊り子たちのフレンチ・カンカンが幻のように浮かんだ。テーブルの間を盆にグラスをのせ泳ぐようにすりぬけていく給仕たち。ふりあげた脚で蹴った、蹴らないで大喧嘩する踊り子たち、仲裁に入るオーナー、それを描くロートレック…ロートレックは彼の画業のダイナミズムの頂点で死んだのだ。画家にとってそれ以外の本望と幸福があるか?

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