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特集「銀幕のアーティスト」

2013年9月4日

特集「銀幕のアーティスト2」 愛人/ラマン 最終章 (2002年 事実に基づく映画)

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監督 ジョゼ・ダヤン
出演 ジャンヌ・モロー/エーメリック・ドゥ・マリニー

愛しき人よ 

 「愛人/ラマン 最終章」(劇場用のタイトルは「デュラス愛の最終章」)の感想というか、批評というか、をいくつか読んだけど、だれかこの本音を書いてくれていたかなあ。たった一言「羨まし~」ってやつ。知性的な若いハンサムな男性が、自分の小説に惚れ込んで毎日手紙を5年にわたって書き続けた。ヤンから「会いにいきます」という電話を受けた段階で、デュラス(ジャンヌ・モロー)はヤン(エーメリック・ドゥ・マリニー)の人となりも才能も性向もほとんどのデータは手にしていた。あとは会うだけ。ヤンが海岸通りのマンションをさがしあててノックすると、ヌッとドアをあけたデュラスが「ベルがあるでしょ。ノックしても聞こえないわ」とつっけんどんに言う。デュラスとヤンは初対面ではない。デュラスが「インディアン・ソング」の公開挨拶にカーンにやってきたとき、カーン大学の哲学科の学生がヤンで、デュラスの作品にはまっていたヤンは会場にデュラスを訪ねた。だからデュラスはヤンがどんな顔か体型か知っていた。面食いのデュラスは、ヤンがブ男だったらこうはいかなかったと思う。手紙も手紙だが、ヤンはデュラスにとってまず好感のもてる容姿容貌の青年だった。若い男の文才のあるなしなど、すでに作家として成功しているデュラスになんの興味がある。そばにいて心地よい男しか用はないのである。デュラスはヤンのおかげで息を吹き返したが、それはヤンの文学的才能のおかげでもなければ刺激でもない。世話をしてほめてくれて的確に批評してくれ、励ましてくれていっしょにワインをのみ話が合う、内省的で頭のよいきれいな男がそばにいることでデュラスは窒息死から免れたのだ▼デュラスがどれほどヤンを気にいっていたか、惜しみなく仕事のスキルを、自分にとって最も価値のあることをヤンに教えていたことでわかる。この映画でベッドシーンはでてこないが、肉体的な接触よりもっと色濃い交歓のようなもの、作家という人種がもつ感性のエッジ(先端)のようなものをデュラスは教える。初対面のときからこうである「手をみたわ。美しい手ね。手は大事よ。声は意外だった。想像していた声と違ったわ。おどろきの連続ね。それが人生よ」ヤンは映画化にもなり舞台にもなり、ベストセラーも出版した高名な作家の私生活が簡素きわまりないことに驚く。デュラスは10年間ひとり暮らし。一週間分のスープを作りジャムも手製だ。食欲がないときはワインだけですませる。話がきりだせないヤンに「話すことがない? 無言でいいわ」▼デュラスが夜更けにピアノを弾いている。ヤンが起きてくると「気分がいいの。書けるわ。物語を完成させるわ。男は慣れつつある、この肉体に、この乳房に、この香りに、この美しさに、男は愛そうとしている、すべての夜を費やして彼女を愛そうとしている…すばらしいテーマよ。みんな喜ぶわ。みてて。映画や演劇になるわ。あっといわせるの。デュラスの再スタートよ。私は伝説になるわ。才能の力よ」こういうセリフをきくと、つくづく作家というのは普通の神経でなれるものではないと恐れ入る。食欲のないデュラスをヤンは心配し「ピエール医師にきてもらおう」すると「医者は大嫌いよ。病気じゃないわ。アル中よ。だれもわたしを治すことはできないわ。もう年だし、今日か明日には死ぬわ」ヤンがきれいに揃った前歯でカリッとビスケットを噛むと「音をだして食べないで。わかる? あなたは大バカよ。救いようのない能なしよ。価値はゼロ。私が食べられないのは人生がつきたからよ。治らないわ」言いたいことを言い「ヤン、いっしょに眠って。ひとりにしないで」こういうデュラスはヤンにいわせると「彼女はだれからも一番好かれたがった。ぼくは彼女のお気に入りだ。お互いに好きだ。絶対的に。いつも好きだ。このままずっと永遠に」そこで「愛しているよ」と言ったところ「信じないわ。他の人に言って。そんなセリフはよして」どこまで可愛げのない女だろう▼デュラスが執筆中倒れた。彼女は入院も医者も拒否しヤンを相手に原稿の校正を進める。「これが完成するまで入院できなかった。大事な原稿よ。やっと決心がついたわ。医者を呼んで」極秘入院はアメリカン病院2327号室。さっそく毒舌を開始する。「ヤン、あの女の悪意に満ちた目を見た? ほかの職員はしょぼくれて無気力。まるで抜け殻みたい。興味深いわ」「そうだね」「生半可な返事ね。白けるわ。ワインを買ってきて、夕方になると我慢できないの」一眠りして目をさますと「ヤン、ヤン、そこにいるの? よかった」▼退院後デュラスは仕事を再開した。パチパチとヤンが打つタイプの音にまじりヤンの独白がスクリーンに流れる。全編の白眉といえる美しいシーンだ「彼女は余命を急ぐように生きている。現在を惜しむかのように。現在はぼくや彼女や世界を奪いさる。書いているあなたは完全無欠だ。彼女から生まれる言葉を僕が打つ。ふたりはよく笑う」デュラスは言う「ヤン、あなたもおそれず書いてみるといいわ。最高のテーマがあるわ。わたしのことよ」死は迫りつつあった。「ふたりでサン・ブノワ街の家にたてこもり、最後の日の訪れるのを待つ。それは確実に来る。あなたは駆け足で死に向かっている」デュラスがベッドから話しかける「ヤン。海が見たいわ。車を用意して。仕事をするわ。本を書くの。最後の本よ」ヤンは続ける「最後の年のあなたは恐ろしいくらい明晰だった。死はそこまで迫っていた。あなたから初めて聞いた言葉〈わたしがどんなに疲れているか想像できる?〉…あなたは病気じゃない。枯れ果てて死ぬのだ。世界を見すぎて、ウィスキーやワインを飲み過ぎて、タバコを吸い過ぎて、ありとあらゆる愛人を愛しすぎて、世の中の不正を怒りすぎて、ハンセン氏病や金満家や貧困に怒って死ぬのだ」2月29日デュラスの言葉「ヤン。愛しているわ。デュラスは死ぬわ。もう書けない。自室にもどって。一人で死なせて。1時間眠って目覚めたときは旅立っているわ。キスはしないで」追憶のなかのデュラスにヤンが話しかける「あなたを連れていきたい」「君と呼んで」「おいで、君をつれていこう」「それでいいの。その気持で書くのよ」もういやになるほどきれいすぎるのが玉に疵だが、マいいでしょ。ジョゼ・ダヤンはテレビ出身の女性監督。「モンテ・クリスト伯」「レ・ミゼラブル」など重厚な歴史物を得意とし「危険な関係」では切り札カトリーヌ・ドヌーブをメルトゥイユ夫人に起用した。本作ではもちろんジャンヌ・モローですね。本作に出演した時は73歳。下唇をつきだしてにらみつける意地悪な表情が一変する、無邪気といっていい笑顔はそのままです。

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