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特集「銀幕のアーティスト」

2013年9月5日

特集「銀幕のアーティスト2」 善き人のためのソナタ (2006年 社会派映画)

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監督 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演 ウルリッヒ・ミューエ/マルティナ・ゲデック/セバスチャン・コッホ

報われし者 

 舞台は1984年の東ドイツ、シュタージ(国家保安省)に勤務するヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は腕利きの尋問官だ。大尉は劇作家ドライマン(セバスチャン・コッホ)が反体制派であることの証拠をつかむよう命じられる。大学時代ともに学んだグルヴィッツは、いまや中佐として大尉の上司だ。グルヴィッツは出世のためなら手段を選ばず、省の有力者ハンプフ大臣に取り入る。大尉は職務に精励し、社会主義体制を信じ「われらは党の盾と剣」という信条をまっとうしてきた。ウルリッヒ・ミューエが寡黙で優秀で、信念のある官吏を好演する。しかし彼が一生を捧げた国家は、はたして人間を豊かに幸福にしているのか▼反体制の証拠をつかむため、ドライマンと恋人、女優のクリスタ(マルティナ・ゲデック)の会話を盗聴する監視室を、向かいの建物の屋根裏部屋に作った大尉は24時間交代制で二人の会話を盗聴する。しかしそもそもドライマンを逮捕しろと命じたハンプフ大臣の意図は、横恋慕したクリスタを独り占めするためにドライマンが邪魔だったからだ。盗聴するうち上層部の身勝手な指示や、出世欲しかない上司の低劣さがミエミエ。ハンプフはクリスタに、いうことをきかないとドライマンを抹殺すると脅し関係の継続を強要する。頻繁にクリスタを呼び出すようになる。ドライマンは「行かないでくれ、君は彼なんか必要としないのだ」といって引き止める。クリスタは言う「どんな才能があっても彼らはあなたを簡単に握りつぶすわ。あの人たちは役者も演目も勝手に決められるのよ。あなたは体制を利用するだけなの。あなたは連中と寝ているのも同じよ」クリスタは反体制であったばかりに仕事を奪われ希望をなくし、生ける屍のようになって死んだ演出家の名をあげ「そんな末路はいやでしょ。だからわたしは行くのよ」「君のいう通りだ。ぼくはそれを変えたい。行かないでくれ」それを大尉は聞いている。クリスタに対する深い同情と共感が生まれる▼腹が立つのはここだ。クリスタは恋人を守るため大臣に屈しているのであって、それを知った男のとるべき方法は「行かないでくれ云々」ですむのか。女に守ってもらっておいて「君は彼を必要としない」とか「体制をぼくは変えたい」なんてウダウダ御託を並べられた義理かよ。大臣のところにどなりこむか暗殺しろとはいわないが、もうちょっとほかにやりようはないのか。現にこのあと偶然クリスタに出会った大尉は、たとえ直面する現実はどう変えられないにせよ、彼女の気持ちを勇気づけ、心を救うのだ▼大臣の電話を受けたクリスタがでかける。ドライマンは「どこに行く」と聞き「クラスメートと会いに」というクリスタの言葉を黙って聞いている。バーでウォッカを飲んでいた大尉は、バーに入ってきてコニャックを注文するクリスタを見かける。立て続けにコニャックを煽ったクリスタに、これからどこへ行こうとしているのか見当がつく。優秀な尋問のプロである彼はどんな素振りも見逃さない。クリスタのテーブルに来た大尉は、自分はクリスタのファンであり、彼女が国民的女優であること、なにがあるにせよクリスタの資質と人格をだれも奪い汚すことはできないとさりげなく言う。勇気づけられたクリスタは大臣の呼び出しを無視しドライマンのもとに帰る。ドライマンには気の毒だけど完全に男としての力量がちがうわね▼それまで忠実に盗聴の事実を書き留めていた大尉は、この日からあたりさわりのない偽造の報告書を提出するようになる。ニセの報告書によって反体制の疑いが解かれたドライマンは大胆になり、東ドイツの自殺率の記事を西側のシュピーゲル紙に掲載するため秘密裏に接触した。大臣との密会を反故にしたクリスタに、大臣は彼女の薬物不法所持を理由に連行する。尋問に当たったのが大尉だ。クリスタは尋問に屈し証拠となるタイプライターの隠し場所を教える。グルヴィッツは自信満々、捜査員を動員し隠し場所の板をはがした。だがそこにあるべきタイプライターはなかった。クリスタは隠し場所を教えたことで約束通り釈放。しかし警察を出たとたんバスにはねられる。自殺同様の事故だった。かけつけた大尉はまだ意識のあったクリスタにいう「タイプはぼくが移動した、あの場所にはない」▼証拠こそないが一から十までみな大尉の妨害だと信じるグルヴィッツは大尉を降格「地下の郵便物の封筒はがしで過ごすのだ。お前の一生は終わりだ」とわめく。何年かたった。ある日同僚が叫んだ「壁が崩れたぞ」ベルリンの壁の崩壊だった。1989年11月。ソ連はゴルバチョフが辞任し1990年東ドイツは西ドイツに吸収され消滅した。数年後演出家として成功したドライマンはかつての大臣ハンプフに会い、あの統制の厳しかった保安省がなぜ自分を見逃していたのかと聞いた。ハンプフは「君は24時間監視下にあった」とせせら笑った。ハンプフの説明通り自宅のありとあらゆる部屋に仕掛けられた盗聴システムにドライマンは呆然。にもかかわらずなぜ自分は無事でおれたのか。担当庁舎で資料を洗い自分の報告書が当局の疑いを晴らすための、まったくの偽造であったことを知る。報告者はHGWXX7。それがヴィースラー大尉であったことをドライマンはつきとめる。二年後ドライマンの新刊「善き人のためのソナタ」が出版された。ヴィースラーは本屋で手にとった。ページをめくると献辞があった「HGWXX7に捧げる」なにもかもドライマンが理解したことをヴィースラーは知った▼ヴィースラーは文学も音楽も好きだ。ドライマンの家に捜索にはいったらブレヒトの本を盗んで帰るほどの読書家だ。彼は盗聴の最中、ドライマンが亡き演出家から送られた形見の楽譜「善き人のためのソナタ」を弾くのを聞き、涙を流す。こんな多感な感性の持ち主が圧迫される社会を想像するだけでも苦しい。本屋で「これはわたしのための本だ」とヴィースラーは店員に言う。ヴィースラーに報われるものがあってよかった。ピアノを弾くわけでも小説を書くわけでもない、画を描いたわけでも詩をつくったわけでなくても、芸術が人を幸福にするために生み出されたものであることを信じ、ゆえにそれを愛し、それによって生きる力を得た人もまた、アーティストの魂に呼応している。

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