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特集「銀幕のアーティスト」

2013年9月6日

特集「銀幕のアーティスト2」 シャネル&ストラヴィンスキー (2009年 事実に基づく映画)

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監督 ヤン・クーネン
出演 アンナ・ムグラリス/マッツ・ミケルセン

コンドル

 この映画のストラヴィンスキー(マッツ・ミケルセン)はちょっと可哀想ではないだろうか。「春の祭典」の好き嫌いはともかくとして、パリ「シャンゼリゼ劇場」のデビューは楽壇の革命児とよぶにふさわしい衝撃を与えた。たとえ怒号がとびかったにせよ、だ。同劇場にいたシャネル(アンナ・ムグラリス)はストラヴィンスキーの新しさを自分の耳で聞き自分の目で見て、自分と同じ改革者を感じていた。だからそののちロシアから難民のようにパリに来て、安ホテルに投宿していたストラヴィンスキー一家に迷わず別荘を提供し、衣食住の援助を申し出る。でもね、このあと映画は昼メロ不倫ドラマみたいになっちゃいまして、ストラヴィンスキーは妻の顔を見ながら右顧左眄、成功者としてのシャネルには気後れし、そのくせ関係は断てず、断てないのに「君は芸術家ではない、服屋だ」なんて言ってシャネルを怒らせます。シャネルは優柔不断なストラヴィンスキーに「仕事がんばって」と言い置きさっさと新事業の香水に着手。ストラヴィンスキーもいつまでも悩んでおれず「春の祭典」再演に作曲家生命を賭けて臨みます。初演で「ロシアに帰れ」「恥知らず」などのひどいブーイングを「振付が作曲をダメにした」なんてストラヴィンスキーはダンスに原因をなすりつけ、振り付けのニジンスキーをカンカンにさせた。ニジンスキーも負けておらず「サイテーの音楽にもサイコーの振り付けをしてやったのに」とコテンパ。天才作曲家のパリデビューはさんざんの泥仕合でした▼本作はいわゆる「シャネル三部作」の最終作です。なんでこう一再ならず二度三度、みんなでシャネルを映画にしたがるのだろ、ネッ。主演のアナ・ムグラリスは実際にシャネル社のモデルです。アナは濃い黒い眉、厚い唇、大きな目、細面に長いクビ。猛禽の眼と細い体躯、そしてよく伸びた手脚は歩くコンドルを思わせる。彼女が女主人として主催する晩餐のテーブルでは、ワインを片手に肘をつき片時もタバコを手放さず、鼻孔から煙を出し、考え事にふけると人の話なんか耳を素通りさせる。朝目覚めてから寝るまでシャネルの頭には仕事しかない。ベッドのうえにデザインを広げ、ストラヴィンスキーの妻を部屋にたずね「お邪魔?」すかさず「中をみても?」と聞いたのはクローゼットの中だ。彼女がロシアから持ってきた服が入っている。「これは?」「ルパシカよ」「いいわね」相手が情人の妻だろうとだれだろうとシャネルの関心は衣装でありデザインなのだ。ストラヴィンスキーの妻カーチャはシャネルという女がわからない。メイドにどんな人かときく。寛大な人だとメイドは答える。寛大だというより面倒くさいことにかまいたくないだけだ。これが職場をなるとちがう。シャネルは出勤する。縫い子や販売員を一列に並ばせひとりひとりを見る。「香水をつけなさい」「爪が伸びている」すべをチェックして「いいわ。いい一日を」といって執務室に入る。彼女の信念がもっともよく現れているのが香水の開発だ。シャネルの注文は「モダンで大胆な香り。個性的で複雑な香り。花の香りじゃなく女の香りがほしい」だった。調合の実験室をたずねるのはもう何度目かの訪問だろう。担当者は今度こそ、という自信作を何点か並べる。それぞれ「甘すぎる」「きつすぎる」と一言で評価し最後に選んだのが「5番」だった。「名前をつけましょう。激しい恋とか、ロシアの水とか」という提案をシャネルはにべもなく退け「シャネルよ」。シャネルの前にシャネルなく、シャネルのあとにシャネルなし。別荘だってすべての窓枠から寝室に至るまで白と黒の基調。ふつうの神経ではない。シャネル一筋を歩いてきたのがほかならぬシャネルだった▼シャネルがストラヴィンスキーとパリで一晩二人だけですごしたいというが、ストラヴィンスキーは妻をおそれ腰をあげない。シャネルは「わたしのことはどうでもいいのね。もういい。疲れ果てたわ。あなたは二人の女に値しない男よ。奥さんが校正しないと作曲もできない。わたしは力があるしあなたより成功している」そこでストラヴィンスキーは「君は服屋だ」といい返すわけ。シャネルはアタマにきて「出て行って」でもパリにきたシャネルは「春の祭典」再演準備室に大口の寄付をして再演を実現させます。ストラヴィンスキーがその後シャネルの人生を変えたとは思えないが、彼のことを好きなことは好きだったのだろう。劇中のシャネルは無口で、なにか言う時は自信のある人の常として、言葉が短く断定的だ。シャネル三部作の他の二作がシャネルの生涯を扱っているのにくらべ、本作は成功したシャネルとストラヴィンスキーの関係に絞り込みました。そのぶんシャネルというとんがった女がじつによくわかります。ラストに死が近いよれよれのシャネルとストラヴィンスキーが現れますが、こんなことを映画にした意図がわかりません。不要です。

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