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特集「銀幕のアーティスト」

2013年9月8日

特集「銀幕のアーティスト2」 ドン・ジョバンニ 天才劇作家とモーツアルトの出会い (2009年 事実に基づいた映画)

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監督 カルロス・サウラ
出演 ロレンツォ・バルドゥッチ/リノ・グアンチャーレ

影の薄い天才たち

 「ドン・ジョバンニ」なのに、なんでオープニングがヴィヴァルディの「四季=夏」なのよ。まあいいか。「ドン・ジョバンニ」の完成はモーツアルトの死の3年前です。リノ・グアンチャーレがモーツアルトを演じています。演技はまずくないのだけど、こんないい体格でどうして35歳で死んじゃったのだろうと思わせます。劇作家ロレンツォに扮するのはロレンツォ・バルドゥッチ。女遊びにウツツをぬかし、彼が作る詩は前衛的で先導的だとして教会は故郷ベネチアから15年間彼を追放する。ロレンツォは師匠カサノヴァの助言で当時最先端の文化都市だったウィーンに宮廷音楽家サリエリを訪ねます。サリエリに合う前に通りかかった教会から聞こえるオルガンに聴き惚れ、中に入っていく。演奏していたのがモーツアルトでした▼ふたりはすっかり気が合います。ロレンツォが37歳か、モーツアルトが31、32歳くらいでしょう。サリエリの助言をとりいれ、台本作家として成功したロレンツォは自分の恋の経験から「ドン・ジョバンニ」のオペラ化をモーツアルトにさせたいと願います。モーツアルトは首都ウィーンに比べたらザルツブルグという田舎出身でした。「アマデウス」ではサリエリがモーツアルトの天才に驚愕して毒殺を図るということになっていますが、皇帝おかかえの作曲家として身分も収入も安定していた彼が、そんなあぶない橋をわたるとは考えられない。本作のように若手育成にサポートする大先輩というほうがたぶん実像に近かったでしょう。ともあれロレンツォは人気台本作家となりました。ケチをつける気はないのですが、健康ですくすくと才能を発揮するロレンツォの雰囲気には好青年ではあっても天才のデーモン(魔)が感じられない。罪のない青春映画に彼は出ていればよかったと思います▼それにしてもまあ見事にこの時代のアーティストに女は添え物だったのですね。ソプラノ歌手やロレンツォの初恋の人アンネッタも登場するが、歌手は嫉妬に狂ってアンネッタにいやがらせをする、アンネッタはダンテのベアトリーチェになぞらえられ、彼女の目がおどろくほどきれいな青い瞳だということが印象に残るくらい。その点存在感があるのは世界三大悪妻の一人といわれるコンスタンツエですよ。モーツアルトの奥さんです。夫婦そろって浪費家だったことと、妻のほうが長生きして後世によけいな情報を残したせいで、コンスタンツエは割を食ったのではないでしょうか。本作ではモーツアルトのことを「ボルフィ」と呼び(ミドルネームがボルフガングだからボルフィ)体のことを心配し、酒を飲まさないようにして、仕事は「ほどほどにして」とやさしい言葉をかけています。ひとつもいうことをきかないで楽想がわくと徹夜でもしてワインをガブ飲みし、命を縮めたのは旦那のほうです。調子が出てきたから今日は家にこもって仕事をするといいますが「お金がないから現金収入のレッスンに早く行って」と妻に尻を叩かれるとおとなしく出かけていく。資料が少ないのかもしれないが、ディテールがよくわからないロレンツォより、生活感あふれるアーティストであるモーツアルトのほうに説得力があります。劇中劇の「ドン・ジョバンニ」が長すぎてしつこいですね▼さっきから文句ばかりつけているようで気がひけるけど、この映画にいまいち乗れなかった理由が(なんでだろう)と思うのよね。撮影はヴィットリオ・ストローラ、監督はカルロス・サウラです。一流です。思うに劇作家はひとつも天才らしくないし、モーツアルトは彼の特色である魔物みたいなものがなかった。モーツアルトの音楽はどこか人をそわそわさせる、感情の「トラップ」(罠)のようなものを秘めています。天上の青のように透き通りすぎているものが、心地良いとか美しいを通りすぎて気色悪くなるのです。その気色悪さがこの「天才」にはない。ついでにいうとカサノヴァが出てきますね。大きなかつらをつけた、このころ60歳くらいだったでしょうか。「人は情熱的であってもいい、衝動的であってもいいが愚かであってはいけない」と劇中のセリフにある。そのわりには彼の「別れの哲学」が不詳だったのは残念ね。この映画がものたりないのはこういうところなのだ。稀代の男たちを扱っているのに、その男たちをどうしようもなく平凡にしてしまったことなのだ。

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