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特集「銀幕のアーティスト」

2013年9月13日

特集「銀幕のアーティスト2」 カラヴァッジョ 天才画家の光と影 (2010年 伝記映画)

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監督 アンジェロ・ロンゴ―ニ
出演 アレッシオ・ボーニ/エレナ・ソフィア・リッチ

聖母も娼婦も人間です 

 カラヴァッジョ(アレッシオ・ボーニ)がミラノ出身だったということは、案外重要な要素だと思う。ミラノというアルプスに近い北部イタリアの、しょっちゅう霧が出ている町で彼は生まれた。生活・文化圏としては陽光あふれる地中海的ルネサンスの気風より、ドイツのシュバルツバルトのそれになじみが深かった。カラヴァッジョの絵をみていると精密極まりない写実、それもルネサンス後期の歪めるばかりに誇張したマリエニスムではなく、ありのままを穿刺するような自然への肉薄。これはどうみてもイタリア人というよりアルブレヒト・デューラーの遺伝子だなと思う。美術史上ではルネサンスに幕を引き、ゴシックの幕を開いたのがカラヴァッジョだといわれているけど、この映画は潔いよいほどさっぱりと、そういう歴史の背景にはふれず(というより無視に近く)カラヴァッジョの画業とキャラを追っている。アカデミックなものに色目を使わず、これはこれでよかったですね▼工房に弟子入りした彼の描く絵は、枯れた葉っぱのついた花、腐りかけたリンゴ。彼のゲルマン系感性はそういうものに親近を覚えたのだ。当時はテレビも映画もありませんからね、伝承や物語を視覚で認知するために絵画は映像のかわりをした。宗教上の主な行事や聖書の大スターや重要人物は教会の壁画や、貴族がお気に入りの画家に描かせて屋敷に飾り、いまでいう試写会みたいなものを開き、人々は絵を鑑賞することによって情報を共有した。鑑賞用だったからどんな死体も優美に、果物はみずみずしく描かれた。カラヴァッジョはそれが不満だった。腐敗しかけている女の溺死体を見て「本当の死体はこの色を使わなければいけない」と納得する。当然彼の描いた聖人像は「人間的すぎる。汚いはだしにガニ股の老人が、死の恐怖に恐れおののいている。マドンナの顔は娼婦だ」という教会側のイチャモンに「聖人も聖母も人間です」と譲らなかった▼彼の生きた時代(1571~1610)は宗教改革の後をうけ教会の勢力争いになっていた。枢機卿の選出によって教会間の勢力図は変わったし、権力の安定のため、異端審問に名を借りた反対派潰しが、魔女狩りが日常化していた。劇中にあるベアトリーチェ・チェンチ(ローマで起こった父親殺し)とその母の斬首、哲学者ジョルダーノ・ブルーノの火刑はとくに有名だ。カラヴァッジョは市中で馬車の中から美しいチェチェンに話しかけられ、喜んでそばへ行った。彼女は鎖に繋がれていた。父親は娘を監禁し性的な虐待を加えていた。チェチェンの処刑場に来たカラヴァッジョは「おれが証人だ、父親は娘を鎖でつないでいた。この目で見た。証言するぞ。あんな男は殺されて当然だ」と叫ぶ。当時の刑場とは見世物同様だった。黒焦げになる肉体、臭いと黒煙、胴から転がる首。権力の横暴と残虐を目の前でみてきたカラヴァッジョの感性は刃物のようにとんがっていく。優美な死体などツバでも吐きたい「まやかしもの」でしかなかった▼カラヴァッジョは成功した画家となったものの直情径行、行く先々でトラブルを起こす。殺人までやる。同性愛者だといわれるが、映画は(極めて仲のいい、いつもつるんで行動する男友達がいた)に留めている。でもあんなすごい絵が描けるのだもの、性格に牽引力があったにちがいないし、同性愛でも異性愛でも大きなお世話だといいたかっただろう。それより有名な「聖マタイの召命」を見よう。収税人だったマタイがイエスの「わたしに従いなさい」という一言を聴いて即座に改宗したという聖書の場面だ。登場人物はみな16世紀イタリアの衣装だ。これからして異相だ。イエスも光輪はあるものの他の宗教画のように神々しいとまではいかぬが、ふつうよりちょっとハンサムな青年というところか。画面上方の窓から差し込む光が光と闇の激しいコントラストを生み出し異様な緊迫を画面に生じさせた。ローマのコンタレッリ礼拝堂のために描かれた絵だ。そもそもこの絵が美術史上に残ったことが、カラヴァッジョを天才と呼ばせたにちがいないが、ここで言いたいのはそんなことじゃない。この映画のこのシーンが、ヴィットリオ・ストラーロによって撮られたことだ。映像という手段でのみ可能な表現に総力をあげるのが映画言語の役割であるとすれば、このシーンを言葉でなぞる五目のような言辞は、すべからく嘲笑しされてしかるべきではないか。書き手についそう思わせてしまうような、ここはカラヴァッジョではなくストラーロの「聖マタイの召命」であろう▼カラヴァッジョは6歳のとき貴族の娘コンスタンツア(エレナ・ソフィア・リッチ)が好きだった。彼女は13歳。婚約が決まり嫁がねばならない。僕と結婚してくださいと幼いカラヴァッジョは言うが、どうしようもない身分差と年齢差は少女でも見当はつく。後年画家として成功したカラヴァッジョは、未亡人となったコンスタンツエに再会する。「結婚は?」とコンスタンツエ。「いいえ。美しい人を待っているのです」「からかってばかり。真面目に考えなさい」「あなたの結婚は」幸福だったかと逆にカラヴァッジョは聞く。13歳だったからなにもわからなかったとコンスタンツエが答えると「つまり愛してはいなかったのだ」カラヴァッジョは破顔一笑、うれしそうに合点する。明らかに作り話ですがカラヴァッジョの嵐のような短い生涯に、一服の涼味を与える「純愛物語」でした。

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