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シネマ365日

2013年9月30日

戦慄の絆 (1988年 ホラー映画)

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監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 ジェレミー・アイアンズ/ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド

記憶の原風景

 ふつうの人間が精神の闇にとらえられ、放埒なまでに逸脱していく、とくに主人公が科学者や医者である場合が多い、というのはクローネンバーグの顕著なスタイルであろう。本作では有名な婦人科の医師。それも双子の兄弟で幼いころから優秀で医療技術や機器の開発は創意工夫に富んでいた。劇中、主人公の作った婦人科の手術器具が映される。金属の冷たさ、銀色の光、幾何学的な形象にある秩序と規律。その物体には合理性と機能美以外のすべてを排斥する強い意思がある。この形象をスクリーンに登場させた意図は明らかだろう。クローネンバーグは決して宇宙の果ての怪物やロマンティックな絵空事に関心を持たなかった。踏み外してしまった頭脳優秀な医師、怪物を作り出す科学者、当たり前の人間の腕に突如として生えてくる性器。彼の映画づくりが、破産に追い込まれそうな失敗作を送り出しながら監督として破滅しなかった理由は簡単、観客が彼の映画を必要とするからだ。だれの心のなかにもある歪みと闇、不安をかきたてる精神の不均衡、性的逸脱、支配されることを拒否したグロテスクなもの。その対極にあるのがこれら手術器具の体現する完璧なまでの理性の化身であり、均衡であり、メカニズムの美だった。セリフを用いない冷たい映像が観客の目を奪っていく▼ところが…その美しさをクローネンバーグは主人公たちに放擲させる。彼らが最後に自分たちの肉体を置く部屋はゴミ溜め同様、散乱し窓は閉じられ光はなく、腐敗物の悪臭に満ちた、あらゆる判断を狂わせる磁場となるのである。たまらんなあ…と普通の神経なら思うがクローネンバーグだけが暗闇の野獣のようにランランと目を光らせるのだ。彼がカナダ出身というのも無関係ではないだろう。文化としてはもちろんアメリカではなく、さりとてヨーロッパどっぷりでもない。映画産業はカナダの経済基盤としては希薄で、ハリウッドのようなダイナミズムはなかった。彼の映画にある抑圧的な空気と性格は、カナダの風土につちかわれたものにちがいない。自己制御不能に陥る主人公が跳梁跋扈する映画の内容に逆比例して、彼の撮る映像のたたずまいは美しく音楽は叙情的だ。クローネンバーグの右腕ともいえるハワード・ショアのスコアは、いやがうえにも映像の叙情を盛り上げる。ものはためしで彼のサウンドをCDで聴いた。決定的に違うことがわかった。ショアはクローネンバーグの映像と二人三脚でサウンドを作っているのだ。音だけで聴かせる音楽ではなく映像とつながって機能する音作り。ほとんどこれはショアの宗教であろう▼さて粗筋であるが、ほとんどもう書くことがない。精神を共有する双子の兄弟は兄がエリオット、弟がビバリー(ジェレミー・アイアンズ二役)。兄は要領がよく女に手が早く、野心的で大学の出世街道を順調に歩む。弟は内気で研究肌。兄を支えて地道な開業医としてデータを積み上げ、表にでようとしない。どちらも婦人科医師としては大学の上司からも患者からも絶大な信頼を得ている。兄は弟が童貞だからなんとかしてやりたいと、そんなことまで心配する。女優のクレア(ジュヌヴィエール・ビジョルド)が患者として現れた。兄弟の専門は不妊医療である。問診を重ねるうちビバリーはクレアに関心をもつが、兄貴のエリオットが横からチョッカイだして関係する。見分けがつかないクレアは一人の男と寝たと思っているが、双子に弄ばれたと知って怒り、おとなしいビバリーはすっかり沈んでしまい不眠やら安定剤やらクスリに手を出すようになる▼エリオットはそんな弟を助けようと献身するが、鏡をみるようにエリオットもビバリー同様の得体のしれない不安がのりうつりにクスリ依存になる。ビバリーは患者の訴えに耳をかさず強引な処置をほどこし、恐怖にかられた患者や看護師が去っていく。エリオットも大学で昇進の道を閉ざされる。二人は暗い部屋で目にみえない紐帯で結び付けられた自分たちの肉体を切り離すという幻想にかられ、エリオットは美しい手術器具を手にする。いったい切り離すべき「つながった肉体」はどこにあるのだ? 彼らの目にだけ見える架空の連結部にぐっさりメスが入った。まともに切り裂かれたのは弟の腹部である。断末魔である。弟の奈落にむかってすべり落ちていく手術室は言語を絶する異界だ。真っ赤な手術着。暗い室内の執刀で内臓が暴かれる。血の世界で薄光する例の手術器具。兄弟のたどりついた果てはどうしようもない無です。崩壊の風景が広がるだけ。後味の悪さでは天下一品なのになんで見る。そら他人事とは思えないからですよ。記憶の原風景というか、病根を暴かれるマゾヒスティックというか、ね。

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