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特集「ディーバ(大女優)」

2013年10月17日

特集ディーバ(大女優) グレン・クローズ 危険な情事 (1987年 サスペンス映画)

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監督 エイドリアン・ライン
出演 グレン・クローズ/マイケル・ダグラス/アン・アーチャー

女の新しさ 

 さて「危険な情事」です。グレン・クローズは美人じゃないとよく言われているけど、今やグレン・クローズ以外のだれかがアレックスを演じることは考えようがない、少なくともそう思わせることのできるのが大女優だと思うのです。映画史における本作の位置は決定していますしね。それもかなりハイランクに。女優冥利につきるってものじゃないでしょうか。映画が始まってまもなくパーティーの会場でグレン・クローズが座っています。黒いドレスを着て。細面。薄い眉。全身が鋭利な刃物のように研ぎ澄まされていて、彼女の体に光が吸い込まれている。娑婆世界にふと舞い降りた地獄の使者のようだ。美人とか美人でないとかのレベルではないのだ。ヒロイン、アレックス(グレン・クローズ)の異常性が凝縮している。それを一瞬で伝える映像であり女優だとわかるシーンです▼公開当時は性悪女にくらいつかれた運の悪い男ダン(マイケル・ダグラス)に圧倒的な同情が集まりました。かれこれ四半世紀前になります。しかしこの映画がひとつも古くならないのは、浮気の不始末だけの映画ではなかったからだと思えます。いつにかかってアレックスという女の個性にあった。グレン・クローズはアレックスを演じるについて、彼女には男のトラウマがあったにちがいない、性的虐待かもしれないと分析していました。雑誌の編集職にいる女性がたった一度のわりきった関係をタテにとって「さあこうしろ、ああしろ」と半狂乱になって自殺をはかり、責任をとれなどというものでしょうか。いわないよね。ダンもそう信じていた。でも心に傷をおっている女は寄りかかる男を必死にもとめ、例えは悪いが網にかかるのを待っていたのでしょう。いくらダンが弁護士でもそれが見抜けなかったことを責めるわけにいかない。アレックスにしたら(これも例えがよくないが)獲物をみつけた猛禽のフクロウが急降下。鈎爪でガシッと頭と胴をつかみ、つかんだ瞬間頭蓋骨を粉砕したネズミ同様である。この猛禽のような女の造型が新しかったのです▼男が去るといえば手首を斬る、すがりつく、妊娠した、男はあわてふためきうろたえるばかり。裁判になれば勝ち目はないと、友人の離婚専門の弁護士は太鼓判をおし目の前はまっくら。美しい妻と可愛い一粒種の娘がいる裕福な家庭のガラガラ崩壊する音が聞こえる。いやそのまえに妻という大障壁がたちふさがる。グレン・クローズは徹底して猛禽女の表情のどこにもつゆほどの「ひるみ」をみせません。押して押して押しまくる。弁護士なんか束になってかかってきても、彼女が信じる「正義」をくつがえすことはできない。一途である。方向がちょっとおかしいけれど一途である。アレックスってそんなに悪い女なのか、男だって身からでたサビだろ。しまいにそう思えてくる。もしアレックスがホドホドのところで手を打ってダンと示談し、子供を産んで育てるお金をちゃっかりふところにするような世故長けた女なら、アレックスに悲劇性はなかった。そうです。女に悲劇はないといった作家がいましたが、女とは妥協して、男の庇護かその従属になって生きるものという暗黙のステレオタイプがあったときに、アレックスはお膳をひっくり返したのです。まったく自我を貫く女は狂人で悲劇的で最後は殺される、つまり幸福に存分に能力を発揮して男と対等以上のポストを得て家には理解あふれる夫がいるという設定のなりたちにくかったところに、四半世紀前の時代感覚がよく出ていたように思います。ちょっとマシになったとはいえ、今もあんまり変わらんけどね▼アレックスの存在を妻に白状したダンは、かかってきたアレックスの電話に意気揚々胸を張って「もう君がなにをしてもムダだ。妻にはすべて打ち明けたのだ」そういってホイと受話器を奥さんのベス(アン・アーチャー)に渡すのですよ。うしろに母親がいるからすっかり強気になって(お母ちゃん、代わって)という子供と同じじゃないですか。ベスは電話をつかむなり「こんど私の家に近づいたら殺してやるわ」ぐだぐだ屁理屈こねて問題を先送りしていた夫に比べ、一瞬で結論するこの違い。以後マイケル・ダグラスの「やられる男」のイメージが定着してしまったのですから、とにかくすごい映画でした。

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