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映画監督特集

2013年10月25日

特集 フランス映画の女性監督1 ディアーヌ・キュリス 彼女たちの関係(1994年 サスペンス映画)

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監督 ディアーヌ・キュリス
出演 アンヌ・パリロー/ベアトリス・ダル

さすがダルですね

 フランス映画の女性監督たちが元気だ。「ベルヴィル・トーキョー」の先行試写会で来日したエリーズ・ジラール監督がインタビューに応え、ここ10年で20人の女性監督がフランスでデビューしたこと、彼女らが独自の作風でいい映画をつくっていること、現在活躍中の女性監督らとは「共犯者のような仲間意識がある」とも語っていた。女性監督とは1970年代ならアニエス・ヴァルダくらいしか思い浮かばなかった状態を考えれば隔世の感がある。最初に登場するディアーヌ・キュリスは1948年リヨン生まれ。1977年監督デビュー。「女ともだち」でイザベル・ユペールとミウ=ミウを主役に、女同士の友情が愛にかわっていくさまを描き、セザール賞やアカデミー賞にノミネートされる。以後「ア・マン・イン・ラブ」「愛のあとに」「年下のひと」「サガン 悲しみよこんにちは」をつぎつぎ送り出した。林瑞絵さんは著書「フランス映画どこへ行く」でベルトラン・タヴェルニエ監督の言葉を引用し「アメリカ映画は断言が基礎にあり、ヨーロッパ映画は疑いが基礎にある」とし、永遠に疑いの映画であり続けることがフランス映画の基本軸だとしている。至言だろう。なにしろ「われ思う、ゆえにわれあり」の国ですからね。フランス映画のみならず映画そのものに力がみなぎっていた1960年代から70年代。アラン・ドロンがいてジャン=ポール・ベルモンドがいて、カトリーヌ・ドヌーブがいて、ブリジッド・バルドーがいた。この10年の女性監督輩出の勢いは、その後衰退著しく、かろうじてリュック・ベッソンで食いつないでいるフランス映画界の新しい波といえると思う。彼女らの活躍を願おう▼女性監督をひっぱる位置づけとしてディアーヌ・キュリスの作品のなかで、なんで「彼女たちの関係」がトップにくるのかというと、主演女優の組み合わせだ。「ニキータ」のアンヌ・パリローと「ベティ・ブルー」のベアトリス・ダルが姉妹役だ。新進アーティストとして注目されるアリス(アンヌ・パリロー)はボクサーをめざす恋人フランクと同居生活、彼女の絵にはパトロンがつき充実した日々を過ごす。そこへ転がり込んできたのが姉エルザ(ベアトリス・ダル)だ。雨の夜退屈な夫と子供の世話に嫌気がさし家を飛び出してきた。図々しく我が物顔にふるまうエルザにフランクは辟易するが、アリスはなにもいわない。ベアトリス・ダルがニッと笑うと、馬みたいな前歯がむき出しになって不気味だ。それでなくともこの人「ベティ・ブルー」と「屋敷女」で映画界を恐怖に陥れたのである。妖しい色気を発散するエルザはアリスに対しても異常である。アトリエに姿をみせ「あなたはなんでもわたしの真似をしてきた、アート業界で成功したのもわたしのアイデアを盗んだからだ」と難癖をつける。アリスはいくらアイデアがあってもクリエイトできる、できないは別の問題だととりあわない。もっともなのに姉は承知せずネチネチといやがらせを続け、アリスは不安がこうじて仕事に集中できない。かつては才能に恵まれていたエルザも今は生活にくたびれ、新進作家として期待されているアリスが妬ましい▼エルザは当然のようにフランクを誘惑する。錯乱したアリスは「エルザは姉じゃないの、わたしたちは愛しあっていたの」とフランクに告白するが、その具体的な映像を監督はださない。姉妹でないことが本当なのかうそなのかわからないまま進行する。比較的スローテンポだったペースが、エルザとフランクがアリスをしばりあげ、虐待するところから映画はやっと生彩を放ってくる。いやらしく淫らな口元でエルザがフランクを挑発し、となりの部屋でセックスしアリスはさめざめと泣く。アリスが自殺を試みてあわてたふたりは縛りをほどき、隙をみたアリスは包丁をエルザののどにつきつけ、腹いせに叩きのめすのかと思うとエルザをひしと抱きしめ「もう二度とあうことはない」といってアパートをでる。確かに大いなる疑問よ。姉妹であろうとなかろうとエルザみたいなやつはその場でぶん殴らなくちゃだめよ、なんて思っちゃうのはてっきりハリウッド的「断言」に毒されているからでしょうね▼姉妹の関係にわけがわからくなったフランクは去り、アリスはニューヨークに新天地を求め個展の準備に没頭していた。新しい恋人も得て順風満帆である。そこへドアの下の隙間からさしこまれたメッセージはまぎれもなくエルザからのものだった…ホラーよね。たとえばここで「アリス、今からでも遅くない、合気道か空手かボクシングか、格闘技を習ってエルザを呼び出し、二度と現れたら殺してやるといいなさい」とかの解決にもっていくことは、観念を楽しまないプラグマティシズムまっしぐらというハリウッドそのものだけど、こんなイカレタ女をつけあがらせているのが「そもそも公害だろ。思わないの、エッ監督」そういいたくなるほどエルザがにくたらしくできているのが本作の成功なのでしょうね。

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