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映画監督特集

2013年10月27日

特集 フランス映画の女性監督3 ディアーヌ・キュリス サガン~悲しみよ こんにちは(2008年 伝記映画)

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監督 ディアーヌ・キュリス
出演 シルビー・テステュー

書くことは情事に似ている 

 彼女は交通事故で死にかけ、賭博で破産しかけ税金の取り立てで家を手放す羽目に追い込まれたが、危篤からは生き返り賭博の大損は賭博で取り返し、競売にかかった家は女ともだちが買い戻してくれた(映画ではね)。サガンとはじつに運が強いのだ。賭博好きは「生まれつきのもの」と「私自身の優しい回想」で認めているし、20歳のときはすでに億万長者で「お金の計算をしたことがない」生活が続き、取り巻きに囲まれポーカーにあけくれ湯水のごとくお金を使う。サガンの小説もそうだがこの映画でも、彼女のどこにもおよそ世間でいう執着がないのだ。それは不思議なくらいだ。あっさり結婚したかと思うと(それも始めから疑問符つきの)別れ、子供を産むが、どことなくさばさばしている。広い庭の木陰に赤ん坊を籠にいれ、そばのテーブルでサガンはタイプを打つ。モノローグが流れる「子供はわたしから野心を失くしてくれた。わたしは小曲を書くのだ」それまでサガンの小説は「小曲」ばかりで大作がない、という批評に過敏に反応したが、小曲でけっこう、わたしはわたしのスタイルを貫くわ、というところですね▼サガンの破天荒な行動はエピソードを綴っていくだけで映画の粗筋になるが、それだけに本作が「サガンのカタログ」に陥らぬよう、キュリス監督は注意深く配慮している。シルビー・テステューのキャスティングもそのひとつだろう。サガンの息子ドニ・ウェストホフ氏から生前の母親の実像を取材したテステューは、金髪で小柄でやせたサガンが、クビをかしげて髪に手をやる仕草、つまらないときは足を組んでゆする癖、不満があるときは唇を尖らせ、少年っぽい体つきで両手をポケットにつっこみ足早にカツカツ靴を鳴らして歩く歩き方、タバコを片時も手放さず、愛車ジャガーをぶっとばし酒とギャンブルに明け暮れる日々。そんな映像が雄弁にサガンの体温を伝える▼サガンとは彼女の書いたものより書かなかったものが彼女を豊かにしていたのではないか。「私自身のための優しい回想」は「母に」捧げられ、22歳までサガンといっしょにくらしたドニ氏は「母はとても温かく、母と接していると繭のなかに包まれているようだった」のに小説の「シニカルで厳しい現実への視線」に驚いたという。母親や息子への愛情を少なくともこの映画でサガンはひとつも具体的に現していない。どこまでも水のようにサラサラしている。ただ長年いっしょに暮らした「ELLE」元編集長、ペギー・ロッシュの死は慟哭した。サガンの取り巻き関係は一見ハデだったが、そのじつ長い友情を維持できる人だった。ペギーは自分が死んだあとのサガンを死の床でも心配し、サガンはサガンで「わたしをおいて逝かないで、いったいだれがわたしのそばで寝てくれるの」と、とりすがる。ふつうこういう場合「わたしは大丈夫よ、心配しないで」と病人を前に気丈にふるまうものだろうが、全然そんなことありませんね。劇中こんな台詞がある「愛する人がいちばん大事だ。いっしょだと居心地がよくて愛してくれる人。ともに生きてなんでも話せる人。いくら話しても話が尽きない人。書くことは情事に似ている。官能的な衝動が妥協を知らない魅力的な男と関係をもつのと同じだ」で、最後までさびしがり屋だったわけね▼サガンとは尻尾がつかめるようでつかめない作家だった。現実に対してどこか上の空なのだ。読みながらこんなやつ相手にしておれない、といいたくなるものがあった。彼女がすべてを学んだのがプルーストだという告白も、サガンが本質的に夢幻世界の作家であったことを思わせる。生前自分で決めた墓碑銘はこうだ「F・サガン。1954年文壇デビュー。〈悲しみよ こんにちは〉が世界的な事件に。人生と作品を手際よく片付けたが、その死は本人だけのものだった。F・サガン」

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