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映画監督特集

2013年10月30日

特集 フランス映画の女性監督6 ミア・ハンセン=ラブ あの夏の子供たち(2009年 家族映画)

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監督 ミア・ハンセン=ラブ
出演 ルイ=ド・ランクザン/キアラ・カゼッリ

さよならパリ 

 ミア・ハンセン=ラブ監督は1981年パリ生まれ。この映画を撮ったとき28歳ですね。先に紹介した「水の中のつぼみ」のセリーヌ・シアマ監督は27歳のとき同作を撮っています。27歳や28歳ですごい、というよりその年でなければできない仕事をしていると評価すべきでしょうね。本作もコテコテの厚塗りではなく、透明な光が満ちている明るい庭の情景を想起させる映画です。バーナード・ショーが言っています「神さまを見つけるのに最適な場所は庭だ」と。この映画の背景に緑があふれていることは偶然ではないと思えます▼映画は軽快なテンポのジョナサン・リッチマンの音楽で始まります。本作は「借金・破産・自殺」という重いテーマをかかえているにもかかわらず、監督の目線は沈んでいないのです。まずこれが特徴です。軽薄と軽快はちがいますし、陰鬱と冷静な抑制も異なりますから。監督の後者の感覚は音楽の使い方にじつによく現れている。たとえばグレゴワール(ルイ=ド・ランクザン)一家の長女が出かけたパーティーで流れる曲は「ジョニー・リメンバー・ミー」日本で大ヒットしたカバー・タイトルは「霧の中のジョニー」でした。しかしなんといっても本作の決め手はこれ「ケ・セラ・セラ」でしょう。夫の自殺のあと、妻のシルヴィア(キアラ・カゼッリ)は娘三人とともに実家であるイタリアに旅立つ。家族そろってタクシーに乗り込む彼女ら。明るいパリ。さよならパリ。彼女らが新しい天地を求めイタリアに出発する、そこでドリス・デイの歌う「ケ・セラ・セラ」が流れるわけね。「ケ・セラ・セラ。なるようになるわ、さきのことなどわからない」(蛇足ですがヒッチコックの「知りすぎていた男」の主題歌です)▼ちょっと先走った感があるのでこのへんで粗筋を。グレゴワールは映画制作会社を経営する敏腕のプロデューサーだ。携帯電話を片時も放さず、歩くときも運転のときも、現場の報告を聞き、指示をだし、こまめに確認して仕事を進める。家では父親の帰りをまちかね娘たちが飛びついてくる。長女は思春期でちょっと間をおくがでもパパが大好きだ。娘たちの笑い声が弾みまぶしいような家庭である。絵に描いたようなほほえましい情景が、監督のてきぱきしたカットで映し出される。一家の週末は緑豊かなパリ郊外の別荘ですごす。団欒のひとときを送った翌週、グレゴリーは100万ユーロの負債の報告を受ける。追い打ちをかけるようにスウェーデンで撮影中の新作のトラブル、配給先の決まらない作品など、グレゴワールの悩みは増幅する。家族と約束したイタリア旅行は実行するが、どこへいってもケータイがおいかけ、事態の悪化を告げる。資金繰りは完全にショートだ。妻は夫を励ますが、夫は妻の留守中自殺を選ぶ▼残ったのは借金と未完成の映画だけ。妻は健気にひとりスウェーデンに行き、資金援助を求めるがムダだった。さらに長女は父に息子がいたという噂を耳にする。母親が留守のあいだに長女は、イザベルという女性から父に来た手紙を読む。長女はその息子に会いにいくが会えなかった。裏切られたと父への怒りを長女は母親にぶつけるが、母親は冷静に「パパの愛の深さを忘れないで」と諭す。資金調達は失敗、清算人からは映画製作中止の結果がでる。パパの会社は閉鎖だ。シルヴィアは子供たちとイタリアをめざす。ここで「ケ・セラ・セラ」ですか。パパの死は痛かったけれど人生はまだまだ続く。そうそう、同じくフランス映画の佳品「輝ける女たち」にありましたね。さんざんな目にあったけれど前向きな女たちは「わたしたち、ショーから降りるわけにいかない」「サメは泳ぐのをやめたら死ぬのよ」。さよなら、なつかしいパリ。彼女らの新生を祝福するように、明るい日差しがあふれる日でした。しっかりダシを取った薄味の料理みたいな映画でした。

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