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シネマ365日

2013年11月1日

ヒッチコック(上) (2012年 伝記映画)

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監督 サーシャ・ガヴァシ
出演 アンソニー・ホプキンス/ヘレン・ミレン/スカーレット・ヨハンソン

 「サイコ」製作の舞台裏というのだけど、むしろヒッチコック(アンソニー・ホプキンス)と妻アルマ(ヘレン・ミレン)の夫婦善哉ですね。ヒッチコックは一生奥さんのアルマには頭があがらなかった。というのもアルマは結婚したばかりのころ、すでに夫には度し難い〈いたずら癖〉があり、ひとつ間違えばそれは悪意と粗野と冷酷のスレスレのところにあることを見抜いていた。彼の映画そのものが見事なまでの〈悪ふざけ〉だと妻の目には映っていたにちがいない。ヒッチのかなり陰湿な悪ふざけは、主演女優のサディスチックな扱いに現れた。鳥に実際に襲撃され、ショックのためドクター・ストップがかかったティッピ・へドレンや、不必要なまでにサンフランシスコ湾に飛び込まされたキム・ノヴァクが特に有名だ。本作ではもちろん〈カーテンのシーン〉におけるジャネット・リー(スカーレット・ヨハンソン)の痛めつけ方だろう▼伝記作者ドナルド・スポトーによればヒッチが「サイコ」で残虐性を発揮したのは、お気に入りのグレース・ケリーがモナコ王妃となり、オードリー・ヘップバーンには主演を拒否され、ヴェラ・マイルズは…劇中ヒッチは再々ヴェラに「グレース・ケリーのような大スターにしてやるつもりだったのに、なぜわたしの元を去った」と未練がましくたずねている。ヴェラは「家庭のほうが大事だったのよ」とあっさり答え「女はわからん」ヒッチは匙を投げるのだが、後年ヴェラが離婚したとき「あのターザン役者と別れた」とかなり機嫌よさそうに言っているのだ。積もり積もった女優へのうっぷんが「サイコ」のカーテンシーンに凝縮したというのがスポトー説。本作はアルマの不倫疑惑に悶々とするヒッチが不安と猜疑を爆発させた説をとっている。もっとも不倫だと大騒ぎするほどのことをアルマはしていないし、せいぜい真っ赤な水着を買ってやけくそみたいにプールで泳いだくらいだろう。水着を買うのも、家を抵当にいれて借金した結果、グルメのヒッチに節約令を言い渡した手前、アルマは「思い切って」という感じで買ったのである▼従ってアルマ不倫疑惑によるヒッチ暴発説はあまり根拠がない。実際のアルマの写真をみてもおよそ男相手に不倫に走る、そんなヒマなど薬にしたいとも思わない顔だ。それをいちばんよく知っていたのは、妻への、というより仕事のパートナーへの最高の理解者としてのヒッチだろう。ヒッチには暴力と残虐への潜在的な嗜好があった。映画の冒頭彼自身が「人を惹きつける吐きそうな話がいい」と次作の希望を言っているのが正直な発言で、その結果が、パラマウントの重役たちが腰を抜かしかけた異常な映画のコンセプトになった。映画が不入りだったら「わたしたちは当分笑いもの」で「家屋敷はない」不安はあっただろうし、それゆえヒッチは情緒不安定に陥ったとは思うが、本作は〈ヒッチコックの不安〉を物語化しすぎではないか。というのもすべての不安要素はラストを夫婦大団円、夫婦善哉でいう「たよりにしてまっせ」に集結させるためにあるようなシナリオに見えるからだ▼そんなことより「サイコ」を映画史上画期的な作品にした監督の手腕を、もっと突っ込んで分析してくれや、といいたいが、でもそんなこと今どき流行らないのね。いいわ。ならばお定まりといわれるだろうけど、本作の最高のからみを紹介しよう。妻が男と不倫している。けしからん、おれはこんなに苦しんでいるのにとヒッチは逆上して言う「なぜあのマザコン男といっしょにいる?」「楽しいからよ」「夫がプレッシャーであえいでいる。妻なら全力でサポートしろ」まあなんと男の甘えと身勝手丸出しの発言に対し「家を差し出したわ。あらゆる面であなたを支えたわ。過去30年と同じく。助言し女優との浮気にも耐えた。マスコミの目に映るのは天才ヒッチコックだけ。何年ぶりかでヒッチコック映画から離れて仕事しているのよ。非難される覚えはないわ。わたしはあなたの妻アルマよ。契約したブロンド女優じゃないの。あれこれわたしに指図しないで」妻の大迫力にヒッチはシュン。ただひたすら今は黙して往かん、という感じでシーンは暗転する。

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