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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2013年11月13日

特集 LGBT-映画にみるゲイ ジア 裸のスーパーモデル(下)(1997年 ゲイ映画)

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監督 マイケル・クリストファー
出演 アンジェリーナ・ジョリー/エリザベス・ミッチェル/フェイ・ダナウェイ

さびしがりの孤児 

 ジアの映像が何枚かあります。17歳でデビューし、2,3年たつかたたないかでトップに上り詰めた、だからたぶん20歳そこそこです。その年齢の若い女性とは思えない昏さがありました。決して陰気ではなく明るい容貌なのだけれど、どこかとまどいのある「迷子」のような感じがありました。絶頂期のジアのスケジュールはすさまじく、パリやらロンドンやらローマやら、世界的なファッション誌「ヴォーグ」や「コスモポリタン」の表紙や特集の撮影に飛び回ります。そんな過密スケジュールの合間をぬってリンダを訪ねた、というシーンがこれ。収入もふえたし、真っ赤なスポーツカーを買ってリンダを迎えに、というより出勤するリンダをアパートの前で待ち伏せしている。リンダの都合など構っていない。両手を広げて「ハーイ」リンダはちょっと迷惑そうなのですが強引に車に乗せられる。行く先はフィラデルフィア。ニューヨークから南へ車でざっと2~3時間の距離です▼5歳のとき離婚して家をでた母親に会うため、ジアはリンダを連れて行きます。最愛の恋人に母親と生まれ故郷を見せたかったのですね。リンダも子供のようなジアの〈自分勝手〉を憎めない。この後リンダはジアに対し恋人というよりだんだん保護者のような立場になっていきます。ジアが求めるのは母親の空白を埋めてくれる女性でした。ジアが所属するのは大手エージェントのウィルへルミア・クーパー(フェイ・ダナウェイ)事務所です。彼女はドイツ人。17歳だったジアの写真をひと目みて、自分の直感を確かめるためジアをフィラデルフィアからニューヨークに呼んだ女性です。ゲルマンなまりの強い英語でフェイがしゃべるのは、さすがの役作りでした。ジアはウィリー(ウィルへルミア)に「大好きな人ができた」とリンダのことを打ち明けると「励みになっていいわ」ウィリーは軽く認め「大きく息を吸って人生の波に乗るの。今がそのときよ」ウィリーは仕事上の母親役を果たします。ジアは死ぬまで〈母親〉が必要な女性でした▼ジアはリンダに毎日花屋から黄色いバラを届けさせ、リンダの部屋は黄色いバラで埋まっています。泊まっているボーイフレンドは「またか。花屋と浮気しているのか」と冗談をいいますが「そうよ。背中に金色の羽のついたキューピットよ」とリンダは半分本気で答えています。ジアはいくら電話しても留守電ばかりなのに業を煮やし、またもやリンダ待伏せに出ました。ボーイフレンドと連れ立ってデートから笑い声を響かせて帰ってきたリンダは、階段の上で怖い顔をして待っているジアを見ます。男を紹介してもジアは無視。「君はきれいだね。モデルだろう」親切に話しかける男に「アホにみえる?」木で鼻をくくったように言い、さっさとリンダをだきよせキスします。リンダは抱擁を退けませんが「いっしょに行こう」というジアに「無理よ」小さく答える。そのときリンダの体のかげになったジアをカメラはとらえていますが、死角であるにもかかわらず、拒否されたジアの苦しそうに歪んだ表情が一瞬だけどみえます。アンジーが手抜きしていないのか、手抜きのなさを撮影が逃さなかったか、そんな密度の濃いシーンがこの映画にはいくつかあります▼リンダにはジアの愛を受け入れ、ふたりで暮らしていくことに最初ためらいがあったと思えます。ジアの浮名も理由のひとつだったかもしれません。しかし最終的にリンダがジアと暮らしていこうと決めたのは、ジアの混じりけのない愛情を疑ったことがなかったからでしょう。やがてジアは寂しさと孤独と激務の疲労のためヘロインに手を出します。そこへ育ての親であるウィリーの死。ある日撮影を放り出し、スタッフのオートバイの後部に乗ってヘロインを買いに走ったジアです。ハーレー・ダビットソンが日没のハドソン川を疾駆する。青い夕暮れの残光が橋上から川面のさざ波を、遠景のマンハッタンを浮き上がらせている。撮影中の衣装は日本風の髪にケバケバのドレスで、必死の形相でドラッグの売人を探すジアを、すれちがう通行人は「バケモノ」と言います。粉がなくて注射でドラッグを射った。これがエイズ感染のもとでした▼ヘロインを射った帰り泥だらけ、傷だらけになってやってきたジアにリンダは声もない。抱こうとしますが「汚れている」とジアは(イヤイヤ)をし「あの男は」ときくのです。「彼とは別れたわ」リンダが答えるとグシュンと鼻をつまらせる(うれし泣きかも)。どうしようもない子供の光景です。ジアの体を洗ってやりながらリンダは、ジアを支配しているのはドラッグであり、それさえやめれば社会人として立ち直れる、自分もジアも安らかな暮らしを求めていた、ジアはドラッグをやめると約束してくれ、これでやりなおせると信じたと独白します。モデルの仕事をやめ故郷に帰ったジアは治療に専念し、リンダはニューヨークとフィラデルフィアを週に何度か往復。ジアの精神は安定し立ち直りを示します。リンダの前にチンしたファストフードを並べ「自分も家事ができる、主婦になれる」と自慢しながらリンダのひざに上がり「ヤルか」あっけらかんと叫ぶのは、切ないくらい笑わせます▼しかしジアにはどうしようもない弱さがあった。リンダの部屋に電話してたまたま受けたのが元カレだったことで逆上したジアは、母親の結婚指輪まで盗み金に替え、ドラッグを買うとニューヨークまでぶっ飛ばしスピード違反、無謀運転、公務執行妨害(警官に暴言を吐き制止をふりきって逃走した)で留置所入り。身柄ひき受けにきたリンダに食ってかかり、リンダが元カレは荷物をとりに寄っただけだと説明しやっとおさまります。リンダが反対するとわかっていても「いっしょにいたいから、あなたなしで生きていけないから、だからお金が必要なの、こんな生活だめ、仕事に復帰する」と説得します。あの業界に入ったら元の木阿弥ではないか。リンダの危惧は的中し再びジアはヘロインを手にしました。二度とあなたとは会わない、いうことをきいてくれない、約束を守ってくれない、自分にはもうあなたを救えない、リンダは嘆きジアのポケットから落ちたヘロインを持ち「わたしかこれか、どっちかを選んで」と懇願します。ジアはリンダを抱きよせ「この指が好き、腕が、あなたの肌が、つま先も好き」いいながらキスしていく。リンダはジアの可愛さに泣いてしまうのですが、どっこいジアはリンダの指からヘロインをもぎとり、号泣するリンダをおいて部屋をでていく▼あとの転落はすさまじい。噂をききつけたトム(ジアの文字通り友達)がフィラデルフィアからやってきたときのジアは、仕事はすべて解雇、ドラッグを買う金に困り男と寝ていた。トムはすぐ治療の手続きをするが所得がないため貧困者の処遇がとられる。アバズレだらけの施設でジアは、ヘロインの禁断症状に苦しみながら、それでも徐々に体力を回復させます。彼女が許可を得て最初にしたことはリンダへ電話することでした。留守電にジアは話しかける。リンダはそばで聞いているのですが、電話を取るかどうか迷っている。ジアは「更生プログラムのなかに迷惑をかけた人に謝るというのがあるの。あんまりたくさんいて、一生かかっても謝りきれないわ」リンダの頬にふっと笑みが浮かぶ。声は続く「わたしがバカだった。ただ謝りたくて」泣き声にリンダはたまらず「わたしよ」受話器をとります。ジアの目が輝く。嬉しさがこみあげて言葉がでない。やっと「もうすぐここを出られるの。また電話してもいい?」「いいわ」電話を切ったあとリンダは涙ぐむ。ジアが不憫でしかたなかったのでしょうね▼エイズの発症と治療法がないとわかってから、ジアはリンダに会いにいきます。最後の日記帳に「リンダへ。あなたに別れを告げにいくわ。あなたをだきしめあなたに触れ、あなたの匂いを、肌を体に刻み込みたい。顔中にキスしたい」自分が不治の病であることを伏せ、ジアは日記帳をリンダに預け、お茶も断って「ほかに約束があるから」早々に立ち去ろうとします。リンダは「また会えるわね」と念を押す。「会いたい?」ときくジルに「もちろんよ、もちろんよ」リンダは彼女の特徴である、あたりがパッと明るくなるような笑顔でジアを抱き寄せ「ねえ。考えていたの。海辺に家を買おうと。そこでいっしょにお互いを見つめ直すの。新規まき直しよ。ね」「そうしたいわ」リンダの長い腕の中でジアはうなずきながら涙を流す。送ろうとするリンダを止め、キスしようとするのも軽く制します。エイズの正しい情報はほとんどなかった時代ですから、感染を懸念したのでしょう。ジアはリンダと別れたその足で、自殺のための多量のヘロインを買いにいきます。売人から暴行を受け路上に放置され、病院にかつぎこまれます。かけつけた母親がつききりになりますが、このときのジアの言葉は辛辣でした。「わたしを許して」「ジアなにを許すの?」「…わたしもあなたを許すから」ジアには母親から棄てられたという思いが一生消えませんでした。ジアの本質は「さびしがり」でした。ジアの心の底にうずくまって自分を求めている「さびしがりの孤児」がリンダには見えていた。そんなジアをどうしても見捨てられませんでした。ジアの詩があります「生そして死/力と平和/生きていてよかった/数々の愚かな過ちを犯したとしても/魂を引き裂くような痛みを味わっても/自分の道のりを歩めてよかった/それはこの世の地獄この世の楽園でもある/戻るのだ/ふたつの間を通りぬけ乗り越えて」生の希求のなかにレクイエムがひびき、レクイエムのなかに生きる希求が脈打っている。アンジーはジアを演じたとき23歳でした。ジアを超える作品をアンジーは出したでしょうか。それくらいの代表作です。

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