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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2013年11月14日

特集 LGBT-映画にみるゲイ トーチソング・トリロジー(1998年 ゲイ映画)

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監督 ポール・ボガード
出演 ハーヴェイ・ファイアスタイン/アン・バンクロフト/マシュー・プロデリック

胸を打つ静謐のラスト

 冒頭。主人公アーノルド(ハーヴェイ・ファイアスタイン)の独白に引き込まれる。原作は舞台劇だ。舞台劇が生命とする言葉の技術が磨き上げられている。いっそこの映画のなかの胸を打ったセリフだけを書き出すだけにしようか。愚かな評を書き加えるより、それだけで事足りると思うほど、主要人物たちの言葉が魅力的だ。冒頭はこうだ。ドラグ・クイーン、アーノルドがメイクしながら鏡のなかの自分に話しかける。しゃがれた低音。こってりとした厚化粧。唇に紅をなじませながらゆっくりとめぐらす視線。表情にとんだ声で語りかける。ここだけでたっぷりした一人芝居だ。若くもないし容貌も衰えてきた、美貌のオカマとブスだが金持ちの男、ブスのオカマとブスの男、あれこれ経験則を述べながらアーノルドは「かかわると損な連中を教えるわ。一、妻帯者。二、週末だけのホモ、三、不治のストレート(吹き出した)。結局傷ついて自分に言う。なぜこんなことに。自業自得よ。好きでオカマになったわけじゃないわ。努力してもハイヒールしか合わないのよ。聖書に出てくるより大勢の男と寝たわ。新約・旧約あわせてね。でもだれも、アーノルド愛していると言わない。僕は愛していた。心から。僕は真剣に愛した。でも充分でなかった…」乾いた哀愁がただよう▼トーチソングとは恋歌。恋歌のトリロジー(三部作)ですね。構成が三部に分かれます。一部はアーノルドがバイのエドと同棲する。アーノルドはエドの両親にもあい、きちんと了解してほしい、でもエドは言を左右してあわせる気配がない。それどころか帰宅が遅く外泊するようになる。アーノルドの誕生日を忘れ、いっしょに祝おうと待っているアーノルドのところへ彼女を連れて帰る。彼女ローレルのほうがアーノルドに理解を示したが、傷ついたアーノルドはエドと別れる▼二部。アーノルドは自分が勤めるゲイ・バーでトラブルに巻き込まれた青年アランを助ける。彼もゲイで田舎から出て来て男たちと交渉した。金のためだった。男たちはアランを性の道具として遊んだが、アーノルドは年下のアランを大切にした。アランもアーノルドのやさしさに応え「結婚して一生いっしょに過ごそう、子供を育てよう。養子の手続きをしたよ。この家は狭くなるから」てきぱきと引っ越した。新居での第一日。「お祝いのシャンパンを買ってくる」外へ出たアランは、ホモファビア(同性愛嫌悪者)たちに襲われた老人を助けようとして撲殺される▼第三部。アランの死から7年。いっしょに育てるはずだった養子のデヴィッドは17歳になった。母親(アン・バンクロフト)がフロリダから手土産にオレンジをもって訪ねてきた。ユダヤ人の彼女にとっては同性愛はご法度だ。エドがやってくる。ローレルと結婚したが倦怠期らしい。アーノルドとよりを戻したそうだ。母親にはゲイの男三人がいっしょに暮らす状況が許されざるものに思え、アーノルドをつい攻撃する。自分は誠実にアランと暮らしてきた、恥ずかしいことはなにもない、というアーノルドに、お前のパパと自分は35年を共にした、35年の夫婦の重さはゲイの同棲と比べ物にならないと非難した。アーノルドはこのときばかりは黙っていなかった。「パパは病院で充分な手当を受け清潔なベッドで大往生した。アランは路上で殴り殺された。27歳の若さだった。バットを持ったチンピラに、ゲイは人間じゃないと思う奴らに、ゲイに愛はないと思っているママの同類に。息子に、デヴィッドに教えたい。ゲイは恥ずべきことではないと」ママは叫ぶ「お前なんか産まなきゃよかった!」「僕がゲイだってことを隠していたほうがママは幸せだったのか。子供のすべてを知るのが母親じゃないのか。僕はひとりでも生きていける。だから愛と敬意のない人を求める必要はない。それを持たない人に用はない。あなたは母親だ。心から愛している。でも僕を見下すのなら出て行って」母親は去り際に言う「お前だってアランの死のことをちゃんと話してくれれば、お前を慰められたのに」アーノルドはうなだれ「ママ、彼が恋しいよ」。ママがいう「時が癒してくれるわ。傷は消え去りはしないけど傷に慣れるの。指輪みたいに傷は体の一部になり、傷があることを慣れてしまう。忘れるわけではないけど、それでいいの」。母親は出ていき、アーノルドは窓から母親を見送る。母親は息子を見上げ、温かい視線とキスを送る。アーノルドは部屋にひとり、デヴィッドがリクエストしてくれた曲をラジオで聞きながら愛する人たちの品々を抱きしめる。母親が持ってきてくれたオレンジ、エドが忘れていったサングラス、アランの写真、デヴィッドの野球帽。たとえ生きていても亡くなっていても、たとえそれが過去であれ現在であっても、人生を、人を、慈しむことのできる豊かさと歓びがひしひしとアーノルドにおしよせてくる。何度みてもこの静かなシーンに、胸を打たれずにはおれないだろう。

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