女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集 LGBTー映画にみるゲイ

2013年12月4日

特集 LGBT-映画にみるゲイ バロッコ(1976年 ゲイ映画)

Pocket
LINEで送る

監督 アンドレ・テシネ
出演 イザベル・アジャーニ/ジェラール・ドパルデュー/マリ=フランス・ピジェ

夜とガラス窓の中の女 

 バロッコって不条理とか歪みをさす、あの「バロッコ」のこと? なんでこの映画を「ゲイ特集」にいれたかというと、選挙戦の一方の陣営が、対立陣営の候補者が同性愛者だというネタを公表して社会的に葬ろうという作戦に出るのよね。1970年代といえばまだまだ同性愛はスキャンダルそのものだったのですね。それにしてもアンドレ・テシネの映画には「夜の子供たち」「深夜カフェのピエール」「夜を殺した女」と、まったく彼は「夜」が好きですね。と思えば「ブロンテ姉妹」や「海辺のホテルにて」とか「かげろう」とか、舞台のように「地域限定」した場所を好んで設定する。どちらにも共通しているものは「ひっそりとした一途な愛」です。本作でも主人公たちが行動するのはほとんどが夜。オープニングのバックにヘビやらイグアナやら、ワニやら爬虫類がドアップで映されるので、熱帯の国の話かと思ったら全然違う。ヨーロッパは北欧に近いアムステルダムなのですよ。あの爬虫類たちのイメージが「バロッコ」だったわけ? マいいや。本題に入ろう▼アンドレ・テシネのミステリー好きは今に始まったことではないですが、ヒッチコックみたいにサスペンスやスリルそのものを映画にするというのでなく「味つけ」にとどまっています。それがテシネの映画の独特の雰囲気になっているとは思いますが、ただの雰囲気倒れに終わっているときもある。本作はどっちか。「フレンチノワールの佳品」とあったけど、ちょっと褒め過ぎではないですか。ヒロインは殺された恋人の「そっくりさん」に恋情が移ってしまって、やれ殺すの、殺されるという追いかけあいになるが、こんなドンくさい主人公たちを追手はなんでつかまえられないのか、しまいにどうでもよくなる。イザベル・アジャーニは19歳、ドパルデューは28歳という若さの真っ盛りなのに走らせたら遅いし。ドパルデューは人違いかと思ったくらい顔はハンサムなのに体はボテボテなのよ。現在の体型の萌芽が20代にしてあったのだわ▼選挙戦さなかのアムステルダム。元ボクサーのサムスン(ジェラール・ドパルデュー)は、有力候補と同性愛関係にあったことをネタに選挙妨害に加担、巨額の報酬を得る。サムスンと恋人のロール(イザベル・アジャーニ)が国外逃亡を企て駅で落ち合うことにする。乗車の直前になってサムスンは尾行されているから列車を遅らせる、食堂で会おうと公衆電話を使って指示する。ロールは大金の入った金をコインロッカーに隠し、食堂で待っていたがサムスンが来ないのでカウンターで眠ってしまう。そこへ男が現れロールに金を出せと脅す。サムスンとそっくりな顔なのでロールは最初まちがうが、別人だと気づき「あなた、だれ!」と叫んだところへホンモノのサムスンが現れ、あっけなく「そっくりサムスン」に撃ち殺され男は逃亡する。ロールは警察で似顔絵に協力する。警察を出たロールはそっくり男に襲われ「金をだせ、山分けしよう」といわれるが「殺すなら殺して。金の在り処はわからないわ」と逆に脅し、ロールはさっさと去る▼男と会ううちあまり似ているので死んだ恋人と錯覚しそうになる。男は男で金はどうでもよくなったらしく「うそでもいいから愛していると言ってくれ」「おれを待っていたと言ってくれ」とロールに頼む。ロールはだんだん男に情が移る。特異な状態の愛とはこれまたテシネの好きなテーマだが、本作に限っては「一途な愛」にあまり簡単にはまりこむのがあっけないくらいだ。結果は組織の手や殺し屋の追跡を逃れて二人は港から外国航路の船にぶじ乗船する。暗いテシネの状況設定にもかかわらずハッピーエンドなのです、この映画は。人が幸福になるのに不満があるわけではございませんが、ちょっと思わせぶりさせすぎ。ドパルデューでもアジャーニでもなく、さすがテシネというシーンはこの女優がさらっています。ネリーを演じるのはマリ=フランス・ピジェです。ロールはネリーのところに居候しているのです。気がよくてノンキで、生まれた赤ん坊にまだ名前もつけてやっていない。旦那は刑務所から出てきたばかり。ロールのことを親身になって心配している。客をとったらその男がロールを狙う「そっくり男」だとわかるが「スペシャル」指名に小躍りし、機嫌よく男の話し相手になる。ネリーは男が変質者でも異常者でもない、人恋しいだけのやつだと察しをつけ「通報しないから、ちゃんとお金払ってね」と無邪気に言う▼アムステルダムの夜、飾りガラス窓のなかで客をまつ娼婦たちの姿を、テシネは繰り返しスクリーンに映す。媚と計算、胸のなかではじく算盤と男の値踏み、合意であれば口元に浮かべるかすかな笑み。街は夜の深さを増し、ガラス窓の向こうの男も中にいる女も、昼間は眠らせていた本性と欲望が目覚める。何度か映し出されるこのシーンの詩情だけで、最後まで本作に引っ張られてきたようなものだ。

Pocket
LINEで送る