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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2013年12月7日

特集 LGBT-映画にみるゲイ GO fish (1994年 ゲイ映画)

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監督 ローズ・トローシェ
出演 グィネヴィア・ターナー

「ガールズ」の時代へ 

 「Lの世界」の源流ともいうべきレズビアン・カップルたちが登場します。この映画は1994年公開ですね。レズビアニズム新時代ともいえる潮流に社会は入っていました。リリアン・フェダーマンはアメリカにおける100年のレスビアンの歴史を描いたズバリ「レスビアンの歴史」で、フランス人作家コレットの言葉を引用してこう書いています「女同士でベッドを共にする恋人たちは、自分たちが相手に惹かれる根本的な理由は性的なものではないという結論に達するであろう。…臆面もなく性的快楽のためにだけに恋人を求める、そんな女がいるだろうか。女の愛を育むものは情熱というより親密度なのだ」思い当たらぬでもありません。だれだったろう、いみじくも「おしゃべりは女のセックスの代わり」と言った作家は▼それはさておき、レスビアンといえば「ブッチ」と「フェム」といわれた役割分担は、90年代に入った若いレスビアンたちにとっては、分別しなければならない理由も意味も、窮屈で面倒くさくなったようで、彼女らは好んで「ガールズ」や「カップル」という言葉を用いました。昔気質のレスビアンが聞くと呆気にとられそうな、あるいは激怒しそうな「軽さ」を彼女たちはまとい始めていたのです。マドンナやサンドラ・バードは自分たちが「カビー・ホール」というニューヨークのレスビアン・バーに通う「カップル」であることをテレビの全米ネットで宣伝し、舞台の刺激剤として積極的にレスビアンという要素を取り入れました。サンドラ・バーナードは「ミー・アンド・ミセスジョーンズ」をレスビアンの密会の歌に読み替え「女同士でヤっているよ」という、一昔前には考えられなかった陽気な絶叫でしめくくります。90年代は女性たちが高学歴で社会に進出し、男性と伍すポジションにつくようになっていました。経済力を得たら、それまで低収入ゆえに女二人では暮らせなかった女性たちも自分たちの家を持ち生活を安定させることが可能になりました。女性が経済力を得られず、結果的に男性の補助的立場に甘んじざるをえない社会の仕組みは実に長い間、あらゆる女性の分野で能力を阻む壁となっていました▼本作の登場人物は大学教授や小説家のタマゴや、獣医の助手やら、そしてその友達です。作家志望のマックス(グィネヴィア・ターナー)は恋人がいなくて悩んでいます。もちろん女性の恋人です。彼女のレスビアン・コミュニティの友人、たちは見かねてマックスがほのかに好意をよせるイーライとくっつけようとします。しかしイーライはシアトルに恋人がいるといいます。「あ、それ常套文句よね」と彼女らはあっさり言い、彼女がいようといまいと、友だちができるのはいいことだ、つきあってみたらどうかと積極的です。おせっかいにみえるかもしれませんが、彼女らの友情と連帯はとても濃いのです。マックスも消極的なイーライに萌えそうにない。イーライの友人たちは彼女を美容室に連れて行き、思い切りスタイリッシュに変身させます。友人たちはパーティを開き(といっても料理好きのイーライが自分で作ったのですが)マックスとイーライを囲んで、自分たちの恋の体験を打ち明ける。マックスとイーライはだんだん親密さが増し、二人であうようになります。お世辞にも似あっているとは思えないヘアスタイルにされてしまったイーライが、でも吹っ切れたようにのびのびし、マックスはマックスで、引っ込み思案で間が抜けていると思ったイーライが真面目で誠実で、落ち着いて話せば頭もよく話もおもしろい相手だとわかってきます。恋の成り行きを見守っている友人らは、オクテなイーライの説明がもどかしいと「そんなことはいいの、つぎ、そのつぎはどうなったの」ヤイヤイ言って問いただします▼明るく肯定的で、日常的なレスビアンの関係がさりげなく、ドキュメンタリーみたいなモノクロのスクリーンで語られます。ローズ・トローシェ監督はこのあと「Lの世界」の監督としても関わり、舞台は本作のシカゴから陽光きらめくロスアンゼルスへ、と移ったのはご存知の通りです。マックスを演じたグィネヴィア・ターナーは本作の脚本家兼主演女優としてデビューしました。レスビアン映画のパイオニア的な存在として「ウォーターメロン・ウーマン」(1996)でも主演、「Lの世界」では脚本家として参加しています。

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