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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2013年12月18日

特集 LGBT-映画にみるゲイ Tattoo -刺青-(2007年 ゲイ映画)

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監督 ゼロ・チョウ
出演 イザベラ・リョン/レイニー・ヤン

彼岸花の呪縛か、これ

 ゼロ・チョウ(周美鈴)監督は台湾の女性監督。「水の中のつぼみ」のセリーヌ・シアナ監督のときも感じたのだけど、どっちもたぶん30代でしょうね。才能のある若い女性監督がレスビアニズムを扱い、それがどっちも淡々とした味わいになっている。ゲイの映画はそういうふうに変わってきているのでしょうか。ゲイは戦うものを失いつつあるのではないか、それがゲイ映画の、美しいけれど妙にものわかりのよくなった「淡々とした日常」に結びついてきたのではないか。ふとそんな気がしました▼「モンスター」や「マルホランド・ドライブ」「ブロークバック・マウンテン」「ボーイズ・ドント・クライ」や「トランス・アメリカ」とかね。確かにゲイは殺人や狂気、その事件性と非日常性で描かれることが多かった、そういう手法と切り口でないと表現できなかったことがゲイの悲劇だった。それらの映画はみなメッセージにあふれ現状を打開するずっしりした質量を伴っていた。美しさと強さがあった。差別や無理解はまだまだ凝り固まっているし、絵のようなステージが用意されているとは思わない。しかしかなり荒っぽい仮定だけど、ゲイに対する社会的な理解が進み、抑圧と差別から放たれたとき、ゲイという愛の在り方はどんな表現をとっていくだろう。その過度期にもうさしかかっていると思う。「水の中のつぼみ」とか本作とか、大問題をとりあげるのではないが、ささいな生活の一場面の繊細な掘り下げ。日常の会話や職場やいつも顔をあわす友人や家人。刑務所でも病院でも戦場でもなく、みなれた風景のなかでゲイは語られていく。もちろん本来そうであるべきだった、わけへだてのない場所にかえるのだけど。余計な心配でぶつぶつ独り言はやめて本題に入ろう▼ヒロインの竹子(イザベラ・リョン)が世の厄災を一身に背負ったような女性で、終始暗い顔なのよ。憂鬱な映画だわ。竹子のタトゥーサロンにきたお客のジェード(レイニー・ヤン)はネット・アイドル。童顔だけど竹子のイザベル・リョンより4歳年上です。劇中竹子はジェードより10歳は年上であるはずなのですが…違和感はなかったけどね。それにしても竹子の苦労性なこと。高校生の竹子が好きな女の子とベッドインしていた夜、地震が起きて家に駆けつけたら家屋は全壊、父親は屋根の下で圧死、地上に出ていた父親の左腕のタトゥーを弟がみつめている。弟はショックで解離性障害。家族の記憶を失う。あのとき弟を一人にしなかったらと竹子は悔やみ、父と同じ彼岸花のタトゥーを彫ることで自らを罰し弟を守っていこうと思う。竹子の恋人は失調してセックスができなくなった竹子に「なんであなたが地震の責任、取らなくちゃいけないのよ」というのはアタリじゃない? でも竹子は落ち込みっぱなし。このへん無理がありすぎるような気がするけど。ともあれ弟といいタトゥーをいれる少年といい、竹子の周辺には彼女をあてにする男が地縛霊のように集う▼常連の少年は胸や腕に鬼や刀のタトゥーを彫ってもらい自分に自信をもたせようとする。ネット・アイドルという孤独な架空空間にいるジェードは、虚構から身を守るように9歳のときの愛の記憶をとどめるため、彼岸花を彫ってくれと竹子にたのむ。竹子は自分を慕う少女がいたことを思い出す。ジェードのサイトを訪問した竹子はアダルトを演じている裏で、愛を乞うジジェードの寂しさに胸をしめつけられる。日本で(竹子は日本人とのハーフ)縁起のよくない花とされる彼岸花でなく、ジェードが子供の頃歌っていた歌にあるジャスミンを愛の花にしよう…彫り物はジャスミンにしたという竹子の選択に、竹子が自分との過去をすべて思い出したことをジェードは知り「抱いて」と身を任す▼そのいっぽうで、鬼やら刀やら彫った少年はケンカで命を落とす。竹子の店の前で腕を切り落とされた姿で息をひきとるのだ。弟は弟で、竹子が施設に迎えにくるのが遅いとか、お話をしてくれないとか、毎日竹子が帰るのをまちかまえてああだ、こうだを訴える。ジェードとの情事で帰りが遅れた竹子を待ちくたびれ、弟はふらふらと家を出て事故にあう。病院に運び込まれ「一生目は覚めないかもしれない」と医師に告げられた竹子は、自責のあまり「これ以上刺青は彫れない。もう会わない」とジェードにメール。病院の帰途野原に倒れこむと目の前に咲いているのが彼岸花。竹子はその花を引き抜き踏み潰し、放り投げる。するとなんだ、なんだ。病院で弟は意識を回復するし、ジェードは一斉取り締まりを免れるし、竹子は憑物が落ちたように我に返り「さっきはごめん、お店で会おう」とジェードにメールする。彼岸花の呪いから解放されたってこと? 映像はきれいだし監督の才能もわかるけど、こんなことアリなの? ちょっとイージーすぎません? 勝手にしな。

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