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特集「銀幕のアーティスト」

2013年12月19日

特集「銀幕のアーティスト3」 ヴェリョ・アミーゴ~バーデン・パウエルの音楽的世界 (2003年 ドキュメント映画)

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出演 バーデン・パウエル

ギタリストの指 

 演奏だから音楽だけきいていればいいのかもしれない。確かにそうなのだけど、料理人が料理する手つきや手順や、流れるような作業や、それらはすンごくきれいで魅力的で、ついついみとれてしまう。音楽もいっしょで、ピアニストの鍵盤のうえを走る手と指、ギタリストがギターのフレットを動く指、ヴァイオリニストの弦を抑える左手は、手とか指とかいう別の生物が命と形と意志を持って音を出しているみたいに思える。それらは弾いているのでなく、現している。どこか知らないが、蔵してあるのか隠してあるのかわからないが、美しい音というものがちゃんと存在していて、それを狂いなく導き出してくる、そんな思いにさせる手と指なのだ。とくにギタリストの場合、指はなんだろう、この動くものは、といつも思う。セゴビアが来日したときやっととれたチケットで演奏を見た。見たというほうが正しい。彼のギターはレコードで(当時はレコードしかなかった)飽きもせず聞いていたものの、指の動きをみたくて見たくて仕方なかった。白い髪をなでつけた巨体で彼はギターを持ちステージに現れた。小さな椅子にすわり弾き始めたのだが、弾くというよりギターを撫でているような手つきなのだ。バナナのような太い指がなぜああも正確にフレットに位置し混じりけのない清らかな音をだすのか。それはセゴビアの最後の来日になった演奏で、往年の力強さは薄れていたものの、それよりもっと優美なバッハでありタレルガだった。村治佳織さんのときは…ギタリストとは舞台にたったひとりだ。分身のようなギターをもって椅子にすわるだけで、バックになにもない。彼女のまわりの空気が心地良い緊張で張りつめていた。スタートは「魔笛」だった。モーツアルトの「魔笛」のソルによる変奏曲で、最初の、迷いのない澄んだ一音が響いた。ときどき指が弦をかする音はギター独特のものだ▼だからバーデン・パウエルのDVDをみつけたときすぐ発注した。生き物のような神業のような指がそこにある。パウエルは収録時いくつだったのだろう。彼は2000年63歳で没した。高い筋の通った鼻、メガネの奥にある、嵌め込んだような目、痩せているが筋肉質で、気さくに柔和な、知性的な笑顔をみせる。毎日6時間から8時間、ノンストップでパウエルは練習する。音楽家を主人公にした映画で演奏シーンは多々あるが、実際に指や手を映すシーンは吹き替えを使っているので、さわりの動きだけちょっと映すだけだ。最近は撮影専門の音の出ないピアノまで出来たので、俳優は苦労せずそれらしき演奏シーンに臨める▼このドキュメントには、まさかパウエルの指だけを映したわけではないが、それに肝心の演奏シーンばかり撮っていたわけではなく、彼の音楽に影響を与えた友人たちのインタビューや記録と賛辞と評価が挿入されるのが、そんなことがどうでもいいくらい、演奏シーンは素晴らしかった。大げさにいうなら、音楽家の秘密とはこの指なのだと思ってしまう。節の高い関節は日々の酷使を物語る。右手の指より長くなった、ギタリストやヴァイオリニストの左手の指は細く強靭だ。ムダな肉などつきようがない。友人のピアニストは指の筋肉を鍛えるため普段から独特の「重し」をつけていた。演奏するとは指が動くことだ。アスリートの場合、彼らの鍛えられた肉体の美しさは競うように言葉にされるのに、ギタリストの場合の指のそれが、語られることが稀なのは、それこそが「指」という器官の特異性だ。パウエルの演奏を見ながら、自分が「指フェチ」になって行きそうなのがこわい▼さて「この人ならだれでも知っているはず」という横着を排し、パウエルのアウトラインだけ述べよう。バーデン・パウエルはブラジルのギタリスト・作曲家(1937~2000)。ヴァイオリニストだった父親の影響で8歳からギターを始める。エド・リンカーンのジャズ・グループに参加。詩人のヴィニシウス・ジ・モラエスとも深い交流があった。世界的なボサ・ノバ・ムーヴメントに貢献し70年代、活動をヨーロッパに移す。ジャズからクラシックにいたる幅広い作品のなかで、ブラジルのショーロ奏法を発展させた。ショーロとは19世紀リオ・デジャネイロで成立したブラジルのポピュラー音楽のスタイルのひとつ。ブラジルを代表する音楽家の一人、ヴィラ・ロボス(1887~1959)の作曲にも「ショーロス1番」などがある。

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