女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「銀幕のアーティスト」

2013年12月23日

特集「銀幕のアーティスト3」 フジ子・ヘミング LIVE IN TOKYO (2009年 ドキュメンタリー映画)

Pocket
LINEで送る

製作 大月ウルフ

異 質 

 会場にちらほら入場者が姿をあらわしかけた。館内では假屋崎省吾さんがスタッフを叱咤してステージの花を生けている。もうすぐ開場だ。オープニングにさきがけフジ子・ヘミングのリハーサル風景が出る。弾いているのは「テンペスト」だ。この「テンペスト」が最高。のびのびと明るく力強い。フジ子のピアノを初めて聞いた時、名前は知らなかったけど「この荒っぽい人、だれ?」と思った。叩きつけるようなダイナミックな音なのだ。弾き手が女性だとはわからなかった。プログラムにはもちろんリストの「ラ・カンパネラ」が入っている。でも初めてフジ子の「テンペスト」を聴くので(コンサートで同曲がプログラムに入っているのは珍しいと思ったので)楽しみだった。それともうひとつ、やっぱり演奏する「姿」そしてピアニストの「指」が見たい。じつはこのDVDを買ったのは、京都で行われたフジ子のコンサートに、僥倖のようにチケットがとれたときだ。ロビーで大月ウルフ(フジ子の実弟)が「フジ子・ヘミングのDVDだよ。もうCDの時代じゃないよ、映像だよ」と声を張り上げていた。CDは何枚か持っていたが、そういわれれば「DVDで見るという手があるぞ」と合点した▼本作はフジ子が猫に頬ずりしている写真がパッケージに使われている。フジ子のネコ好きは有名で、風雅な自宅の其処ここに何匹か映っていたように思う。この猫もご他聞にもれず野良猫だったにちがいない。人間など歯牙にもかけぬ強情な顔で、抱き上げられているのが迷惑そうだが、太い前脚の爪を閉じているのは、これでも我慢してやっているのだという、猫独特の恩着せがましさの意思表示だろう。フジ子は半白の髪に細い花飾りをつけ、たふたふと袖のゆったりした衣装をまといとてもエレガントだ。何曲か演奏のあとコンサート後半の「テンペスト」になった。人が弾いているというよりピアノという楽器が全身全霊をあげて美しい音を出している、そんなふうに見える。ピアノのなかに棲んでいた、あるいは閉じこもっていたなにかが大きな翼をゆっくり広げ、巨大な翼が目の前の空間をおおっていく。第三楽章では涙がとまらない。こんなヤワなことではいけないと思うものの、くそ、もういっそどうとでもしてくれといいたくなる▼「テンペスト」に続く「ラ・カンパネラ」はさすがにきついのだろう、二曲の間には休憩がはさまれた。フジ子が「世界中でわたしより上手にこの曲が弾ける、だれがいる?」と常々広言するきわめつけである。不遇だったフジ子に奇跡をもたらしたのがこの曲だった。帰国したばかりの無名のフジ子にこれといった発表の場所もなく、母校東京芸大のホールで弾き始めていた。前述のフジ子の言葉は「世界中でわたしよりこの曲の好きな、だれがいる?」といいかえてもいい。上手に弾けているとかいないとかの域ではない。「ラ・カンパネラ」に対する無条件の信頼と愛情が、だれにも真似できない演奏の境地をフジ子にもたらしたのだ。忘れられないエピソードがある。フジ子がニューヨークでバーンスタインの墓参をすませたあと、彼女はハーレムに行った。親のいない黒人の子供たちの施設があった。ちょうど昼頃で子どもたちは昼寝していた。フジ子は施設の若い女性と話しながら子供たちの午睡が終わるのを待つ。やがて集まってきた子供たちはピアノのある狭いうす汚れた部屋の、思い思いの場所にすわった。フジ子の前に小さなボロピアノがある。好奇心に満ちた子供たちの視線が集まる。彼女は無造作に「ラ・カンパネラ」を弾き始めた。ハーレムで育ち身寄りはなく、学校もどこまで行けるのかわからない。これからどんな職に就くにせよ、彼らを待っているのは貧しい底辺の生活であり、この子たちにとって一流の演奏家のコンサートに行くチャンスなど、一生に一度あるかないか、おそらくないかもしれないのだ。そんな子供たちの前にいま、世界でいちばんのピアニストによる、世界でいちばん美しい音楽が流れているのだった▼「あなたにとってピアノとは」という質問に、フジ子は「猫を食わせていくための道具ね」。「あなたにとって映画とは」に「仕事さ」にべもなく即答したミヒャエル・ハネケに似ている。無愛想きわまりないふたりの作品がエもいえぬ硬質の叙情をたたえる。フジ子はこういうことを平気で言う「わたしはミスタッチが多い。直そうとは思わないわ。批判するほうが愚かしい」「人はどうせ死ぬからいくら努力してもいっしょだと言うバカがいるけど、わかってないのよ。人はこの世でなしたことを全部あの世に持っていくのよ。だから頑張るのよ」「ぶっ壊れそうな鐘があったっていいじゃない」(「ラ・カンパネラ」=鐘=のこと)。ピアノの名手は何人もいる、ピアノの神様と呼ばれる名演奏家もいる。コンピューターみたいなリヒテルや、人間離れしたヴィルヘルム・ケンプや、そのかみの神童グレン・グールドや、優れた男性の演奏家はいっぱいいるが、彼らのだれともフジ子は異質だ。めざすものがちがっているといってもいい。彼女の演奏は色彩ゆたかで明るい。ばつぐんにたっぷりしたものを湛える。芸術が本来人に与えるべきあたたかさや体温のぬくもりや、この世でたったひとりだと思うときに支えてくれる魂のよびかけや、そんな感情をフジ子はゆさぶりに来る。

Pocket
LINEで送る