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特集「銀幕のアーティスト」

2013年12月24日

特集「銀幕のアーティスト3」 Rita~リタ・ヘイワースの軌跡 (2003年 ドキュメンタリー映画)

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ナレーター キム・ベイシンガー

不滅の光

 セックス・シンボルとなった女優はみなイメージに押し殺される。いったんセックス・シンボルというラベルが貼られたら、ほかの役を演じようとしてもだれが真面目に聞くだろう。リタ・ヘイワースは1940年代のハリウッドを風靡した。彼女に匹敵する女優はだれがいたろう。マリリンはまだ名前もあがっていなかった。リタは「スペインの百姓女」と自称していた。5度結婚したがみな別れた。彼女は極端に内気で無口で母親にしか心を開かない。仕事熱心で真面目でどんなことにも弱音を吐かず取り組む。そんな彼女の性格には男が支配しやすいものがあったにちがいない。まず父親である。3歳からリタはダンサーである父親からダンスを習い、13歳ですでに一家の稼ぎ手となっていた。つぎに18歳で最初の結婚だが、ほどなくリタは夫にとって自分は投資の対象にすぎないとわかって離婚。つぎはコロンビアを牛耳っていたプロデューサー、ハリー・コーン。彼ほど恐れられ同時に軽蔑された男はいない。いやな男だったが映画ビジネスにおける彼の目は狂っておらず、リタを契約でしばり金を稼ぎまくった。このあたりまったくマリリンも同じ悲劇をたどる▼リタとマリリンの共通項にピンナップにおける絶大な人気がある。戦場の兵士たちのアイドル、刑務所のポスター。兵士として出征していたイーライ・ウォラックは「思い出すよ。家や愛する人達から離れ不安だった。明日死ぬかもしれない男たちがリタをみる気持ちは、人にはわからない」リタは兵士たちの愛とセックスの女神としてやきついた。マリリンもそうだったが、彼女らにあるあたたかさとやさしさには溶けそうなものがあり、それはなぜか一部の男にとって、しばしばつけこむ開口部となるのだった▼家族を愛し、子供たちに囲まれていたらほかになにも要らないという、家庭的なリタの代表作が「ギルダ」だったことは暗示的だ。リタのムードには、もともとスペインの暗い情熱が、切なさと背中合わせの激しい欲情がそなわっていた。それが本来の控えめで内気なリタと真逆の女を演じさせた。「ギルダ」を一度みた観客が覚えているのは、フィルム・ノワールの古典だという解説でもなければファム・ファタールの幻想でもない、ただただため息のでる女のみごとさだ。彼女が吐くセリフをひとつだけ紹介する「憎しみは刺激的よ。わかる? あなたも嫌いよ。嫌いすぎて死にそうよ」▼男に疲れリタはだんだん疑い深くなっていく。だからもう男といっしょになにかを得ようとは二度と思わないのかというとちがった。なんでこう人が好いのか。最後の男ときたらリタをあらゆるトラブルに巻き込み、リタは撮影に出張中、児童虐待の容疑で逮捕されたのである。原因といえば男が調子よく、家を留守にするあいだ自分の母親に(リタの母親は亡くなっていた)子守を頼んでおくといいながら忘れ、家に放っておかれた子供たちをみて近所の人が福祉局に通報したのだ。さすがにリタの弁護のため元夫たち、オーソン・ウェルズやアリ・カーン王子が法定で証言し不起訴となったがリタの傷は深かった。この男とは2年で離婚した。「海の荒くれ」のセリフではないが、まさに男という瓦礫に埋もれ軍靴で踏まれてきた結婚生活だった。苦渋の経験がリタの演技を磨き上げた。「夜の豹」のときリタは39歳。すでにギルダの年ではなくなっていた。人気は下降線をたどっていた。クレジットのトップはフランク・シナトラだった。シナトラは言った「リタの名前が先だ。永遠の大スターだぞ」。年齢に左右されない、まるで海に浮かぶ優美な船のような女優にリタはなっていた▼リタはゆっくりと正気を失っていった。当初なにが原因かわからなかったがわけもなく怒ることがあった。物忘れがひどく時々暴力をふるった。セリフが覚えられなくなり、映画の出演は減っていった。リタはテレビに移るがそれも途切れた。リタは泣きながら父親に電話で訴えた。セリフが覚えられない。父親は言った「いいんだ、いいんだ、マルガリータ、今までよくやった、恥じることはない」その父親も亡くなった。アルコールの量が増え依存症に苦しんだ。アルツハイマーが進み記憶のすべてを霧のなかに奪っていった。入院した彼女はどこか別の場所にいるようだった。ときどき素晴らしい表情がもどり少女のような笑顔がよみがえった。リタは晩年の取材に答えてこう言った「結婚や離婚を振り返るとその痛みはわかっているわ。それが人生。みなその意味があるわ。わたしのこと、なにを書いてもいいから悲しく書かないで」。1987年没。68歳。墓はロス郊外のカルバーシティにある「TO YESUTERDAY’s COMPANIONSHIP AND TOMORROW’S REYUNION」そう墓碑銘にある。彼女が残した「明日の再会」のなかで、わたしたちが再会する彼女は大胆で挑戦的で、力にあふれ妖しく、スクリーン史上不滅の光りを放っている。

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