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特集「銀幕のアーティスト」

2013年12月26日

特集「銀幕のアーティスト3」 マイケル・ジャクソン/THIS IS IT (2009年 ドキュメンタリー映画)

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監督 ケニー・オルテガ
出演 マイケル・ジャクソン

平安と静寂の場所 

 この映画を劇場でみたとき。MJ(マイケル・ジャクソン)のダンス・シーンで、愚かにもわたしは動いているのは床のほうだと思った。それくらい、マイケルのダンスは、すべるようになめらかだったのだ。本作は2009年春。10年ぶり、50歳のMJが新しいコンサートを組み立てていたときのドキュメントだ。観客はスタッフとダンサーたち。同年3月から6月の、厳密にいえば彼の死の2日前までのリハーサルの映像だ。マイケルの個人的な記録用として撮影され、一部はショーで使う予定だった。6月25日。その8日前に完売した空前の50公演をひかえて、開催地ロンドン入りする予定だった▼MJのことはなにもしらなくても、このリハーサルがなにか桁外れなものを要求していることがわかる。MJは割り箸みたいな細い長い脚で踊り(180センチ、50キロ)風のような声で歌うのだ。ほとんど全部のプロセスを自分で仕切り、具体的な細かい指示をだしている。自分の頭のなかにある音やイメージをどう伝えるのか。彼の言い方が面白い。「ベッドから這い出てくるような感じの音だよ」「月光にひたるような音をだしてほしい」。受け止めるほうもたいへんだと思うが「マイケルのいう通りにする」が全スタッフの鉄則だ。「よくなってきた」「ベースが弱い。底にひびくような感じで」。つまりスタッフは彼がすべてを把握したうえで指示をだしていることを疑わないのだ▼ダンサーのオーディションには「マイケルと踊りたい」ただそれだけで「アメリカの裏側からやってきた」応募者らが集まり、ふるいにかけられた。マイケルはオーディションの行程に立ち会っている。およそ手抜きをみせない。監督はたとえ「OK」を出しても、マイケルの語調にかすかなためらいを感じると「よし、もう一回やろう、そのためのリハーサルなのだから」その前後の感じではもうかなり何度も同じシーンを練習しているとみられた。ところが皮肉なことにほとんどが20代か、せいぜい30代と思われるバックダンサーより50歳のマイケルのダンスのほうが、スピードがあって動きが速く、バックがついてこられないのが、コンピュータでチェックした映像でよくわかる。あの細い体のどこに激しい動きに耐える筋肉があるのかと思うが、裁判中のストレスのさなかにも、毎日300回の腕立て伏せを欠かしていないと兄に言っている▼舞台裏の仕掛けがまたすごい。メカニズムの粋といってもいい。厳しい時間制限の中でつぎつぎプログラムが進行する。その司令塔のようなコンピュータ制御室。ステージではマイケルがライトの明滅にストップをかけ、光線の変わり方が「ちょっと早い。キューを出したよ。こうだよ。それからだよ」普通の静止状態でも難しいのに、群舞のなかでサインをよくみろと彼は言っているのだ。その言い方がもの静かでほとんどささやくようである。舞台の上だけが戦場ではない。マイケルの靴。靴下。衣装。ジャケット。それらのデザイン。すべてマイケルのアイデアをベストにするため何百人がアリのように仕事している。彼らは当然のように言うのだ「マイケルは完全主義だからね」▼ステージには巨大なスクリーンも登場する。マイケルのモノローグがある。「アマゾンの現状に怒りを覚える。毎秒フットボール場の面積が伐採されているという。環境破壊が気がかりだ。だからこういう曲を書く。人々がめざめ、希望をだけるように。ぼくは地球を愛している。木が大好きだ。紅葉する葉も魅力的だ。ぼくはそういうものに尊敬の念を抱いている。自然は必死になっている。人間の不始末を埋め合わせしようと。地球は病んでいて熱がある。今でなければもう治せない。今が最後のチャンスなのだ。ぼくらは暴走列車だ。いまこそがそのとき(THIS IS IT)だ。愛しているよ。メッセージで終わらせよう。みんなこう言う、だれかがやってくれると。誰かって? ぼくらから始めよう。でないとなしえない」結局のところアーティストを最高のアーティストたらしめる核は彼の思想なのだ。この、とてもリハーサルといえたものではない、完成度の高いドキュメントが、彼の志やスピリッツがサクセスにもかかわらず、いつもハイレベルをめざしていたことを伝えている。ドキュメントのエンドはリハーサルを終了した日である。スタッフ全員を前にマイケルが言う「みんなよくやっている。このまま続けよう。信じて突き進もう。全力で、忍耐と理解をもって。これはすばらしい冒険だ。なにも心配はない。我々の才能を見せよう。全力をつくそう」この二日後彼は死ぬのだ▼マイケルの葬儀はロスアンゼルスのフォレストローン墓地で執り行われた。墓は大霊廟の中にある。そこは一般人立入禁止だ。マイケルの魂はこの世のすべてから解放され、平安と静寂のなかに一人でいる。

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