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特集「銀幕のアーティスト」

2013年12月27日

特集「銀幕のアーティスト3」 海の上のピアニスト (1999年 ファンタジー映画)

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監督 ジョゼッペ・トルナトーレ
出演 ティム・ロス/プルイット・テイラー・ヴィンス

母なる船 

 豪華客船の中で生まれ置き去りにされた赤ん坊を黒人の石炭炊きが「なんてひどいことしやがる」怒りながら「おれが育ててやる。名前は新世紀に入った年だから1900(ナインティーン・ハンドレッド)だ」と決める。これが主人公です。出だしからしてファンタジックね。1900は国籍もなく家族もなく、誕生日もわからず、法的には生まれていないも同然だ▼きらびやかな豪華客船、海上都市バージニアン号は、戦争中は貨物船や病院船として、長い航海の歴史を終え解体の日を迎えようとしていた。トランペッター、マックス(プルイット・テイラー・ヴィンス)は楽器を質入れしようとした港町で、バージニアン号の爆破解体が明日だと知る。彼は船内に決して船から降りることのなかった1900がまだいることを確信する。爆破のため6トンものダイナマイトが運び込まれる。マックスは関係者の間を走り回り、脅したりなだめたりしながら、条件付きの許可を得て乗船する。1900を説得して下船させるためだ。このままだと船ごと木っ端微塵になってしまう。夜毎のパーティを照らしだしたシャンデリアも、贅をつくした調度や飾り付けも、すべての備品は運び去られ、赤く錆びた船内に浸水が始まっていた。バージニアン号はもはや廃船同様だ。プルートは蓄音機をかかえ巨大な船体のあちこちを移動し、一枚のレコードをかける。1900が下船を決意した一人の少女のために作曲し、たった一枚録音したピアノ曲だ▼この映画自体がいい話なのだけど、よくできすぎて1900の実体がつかめない。彼は1900年から戦後の解体まで、少なくとも40数年は船を一度も降りていない。今は中年よね。その彼が目元も涼しく、リュウとしたスーツに白い蝶ネクタイという、今からパーティにのぞむような姿で柱のかげから現れる。サビだらけ、水浸しの廃船のどこでこんな格好が維持できたのか。とにかく彼は謎のかたまりだ。物心ついた幼い夜、いきなりピアノが弾けるようになり、自分がイメージする通りのスコアがこんこんと湧き出し、ジャズの創始者との「ピアノの決闘」では、ピアノ線が発熱するほどの燃える演奏で圧勝する。彼の楽想がひらめく「一瞬のつかみ」は文字通り天才的なのだ。たとえばこうだ。プルートが聞く「どこから湧くのだい」1900はピアノを弾きながらおだやかな笑みをうかべ「なにが?」「君の音楽だよ」「さあね。たとえばあそこの女。若い愛人に手伝わせて夫を殺し、宝石を持って駆け落ちしてこの船にいる、これはその音楽だ」(ト即興の旋律が奏でられる)。「あそこの男」(ト1900は男を目で教え)「思い出の虜だ。思い出から逃れられない。あの娘は尼寺に入ろうと考えている娼婦。あそこの男。あの服は借り物だな。歩き方でわかる。たぶん密航者は一等にもぐりこんだのだ。女をひっかけようとしてね」▼しかし最大の謎は彼がどうして下船しなかったのか、あるいはできなかったのかだろう。プルートは1900の技量をもってすれば音楽界の成功はまちがいなし。好きな少女にもめぐりあった、船を降りて家庭をもち子供を育て、幸福になれよ…彼は世俗にまみれたことのない、無垢ともいえる1900が好きなのである。一度は下船を決意したがタラップの途中でたちどまった1900は船にもどる。彼はプルートにその理由を話すのだが、これがいくら聞いてもわけがわからない。おわかりになった観客はおられるだろうか「鍵盤の数は88と決まっているが、タラップから見た街は無限だった、無限の鍵盤なんか弾けるはずがない」とかなんとか…どういう意味? 要は船を降りるのが怖かったのですね。田舎から一歩もでたことなく大人になった青年が、ヤンヤと背中をおされて駅まできたが、やっぱり住み慣れた土地を離れるのがいやで家に引き返した。それと同じでしょう。いやなことなんかしなくたっていいわ。でも彼にとっての「家」である母船が解体爆破ということになって、親友が「降りろ、死んじゃうぞ」と言っているのね、こういうときはイヤもヘチマもないのに彼は降りないで母なる船と沈むのだ▼速い話これ一種の心中ものね。相手は女でも男でもなく船だけどさ。わからぬでもないな。1900の一生は船とともにあったのだから。船にいる限り母の胎内にいるのと同じで、彼にとって世界のどこよりも安全で安心でやさしくて安らげる場所だったのよ。そんな最高の場所からだれが去らなくちゃいけないのだ。女だ、金だ、サクセスだとかいうけど1900がその気になれば船のなかでみな手に入ったわけよね。それをしなかったのは、彼にその気がなかったのよ。マックスもそれがわかっていたと思うけど、やっぱり世間的な「人並み」の幸福もいいものだといいたかったのでしょう。大きなお世話だったけど▼船は予定通り沖合で爆破されます。それを見届けたマックスは質屋の親父に礼を言って店をでようとする。親父はひきとめ、質に入れたトランペットを持っていけという。「金はとっておけ。いい話をきかせてもらったお礼だ」なるほどね。1900の実体がつかめるもつかめないも、もともと1900に実体なんかないのよね。そこにあったのはすごく「いい話」。因果関係をほじくりまわしてもこの映画は面白くならない。いい話をきかせてもらった、そう満足して劇場を出るとしよう。

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