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特集「銀幕のアーティスト」

2013年12月28日

特集「銀幕のアーティスト3」 真珠の耳飾りの少女 (2003年 事実に基づく映画)

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監督 ピーター・ウェーバー
出演 スカーレット・ヨハンソン/コリン・ファース/トム・ウィルキンソン

永遠の「顔」

 本作の登場人物は少なく、モデルとなった少女グリート(スカーレット・ヨハンソン)とフェルメール役のコリン・ファース、フェルメールのスポンサーであるライフェン(トム・ウィルキンソン)、画家の妻、その母(つまりフェルメールの義母)らです。劇中フェルメールは青い絵の具を惜しげも無く使います。「少女」のターバンに使った青もそうですが、一般にフェルメール・ブルーといわれる独特のきれいな青色は、当時純金より高価だった「ラピスラズリ」を原料としたウルトラマリンです。高価な絵の具がなぜ手に入ったかというと、フェルメールの妻の実家が金持ちで、つぎからつぎ子供が生まれて(本作では7人目を妊娠中)、最終的に11人もの子沢山になったフェルメールは、とても画業だけの収入ではおいつかず、裕福な妻の母マリアと同居しました▼当時のオランダはスペインから独立した新興国として海洋貿易に乗り出し、未曾有の繁栄を謳歌していました。庶民の生活意欲は勃興し、市民階級が新たな絵画の買い手となったのです。鑑賞に専門知識や教養を要するそれまでの歴史画や宗教画ではなく、親しみやすい庶民の風俗、台所の風景や見慣れた町並み、リビングやなにげない日常の一コマが画題として好まれました。17世紀オランダ・フィンランド絵画は進取の息吹を発散する絵画の黄金時代を迎えます。フェルメールは量産するタイプではなく、少ない作品を完全に完璧に仕上げる仕事にこだわった画家です。当然作品数は限られ経済的にも妻の実家に頼らざるを得なかったのですが、そんなフェルメールの画業を支えたのがパトロンであるライフェンでした。彼は劇中、自分の優位をカサに、少女を暴行しようとするとんでもない男ですが、実像はちょっとちがいまして、大きな醸造業者であり投資家であり、フェルメールの絵を愛好し20点も所持し、彼の援助があればこそフェルメールはじっくり年間2~3作というペースで絵を仕上げることができたのです。映画の背景としてはこれくらいにします▼スカーレット・ヨハンソンはこの映画のとき19歳ですね。よくやったと思うな。コリン・ファースという人も芸域の広い人ですね。本作から7年後が「英国王のスピーチ」です。彼が演じる画家フェルメールは妻とその母に頭があがらない。精神的には家庭内離婚にひとしいがそのわりには子供はつぎつぎできて、現在妻は7人目を妊娠中。芸術とか絵画とかおよそ無縁の性格と趣味嗜好の持ち主で、孔雀のように着飾り、ガチョウのように文句をいう、口やかましくタカビーの派手好きな女。フェルメールがアトリエに閉じこもるのは「引きこもり」もしくは「敵前逃亡」である。画家として盛名のある夫のアトリエは聖域である。ま、そこになにがあっても妻は値打ちもわからず感動もしない。彼女に関心があるのは、買い手のついた絵がはかどっているかいないかだけである▼貧しい家から口減らしのため、少女グリートが住み込みの女中に来た。人を見下す女主人、意地悪なその娘たち、女主人の母親ときたら婿の絵のスポンサーである醸造業者ライフェンの好色な目が、グリートに注がれているのに気づく、いずれ人身御供にさしだそうと機会を狙う因業ババアだ。女中頭がさいわい気のいい女で、グリートに掃除、洗濯、買い物だけでなくフェルメール家の権力図を教えたりする。グリートは頭のいい子だ。仕事を覚えるのが早いだけでなく重労働に耐え、肉屋で注文した肉のかたまりを受け取るとその場で改め「古いわ。新鮮なものと替えて」と要求する。手抜きしない働き者である。ある日画家のアトリエの掃除をいわれる。グリートは高い窓からアトリエにさしこむ光り、北国独特の清澄な光りと静けさに満ちた室内に打たれたようにたちつくす。そこには描きかけの絵があった。少女は吸い込まれるように見とれる。グリートは「窓を拭いてもよろしいですか」と女主人に聞く。いちいち聞かないで、と横柄にいう画家の妻に「窓を拭いたら光が変わりますが」とグリートは言う。妻はなんの意味かわからない。義母だけがハッとしてこの少女を見直す。グリートはアトリエの椅子の位置を替え、構図の陰影を変える。それに気づいた画家は描きかけの椅子を消し、光と影を強調する。グリートに直感的な美のセンスを認めた画家は、絵の具の調剤をさせるようになる▼頭にくるのはフェルメールである。朝から晩までコマネズミのように働いているグリートは「無理です、わたしにそんな時間はありません」と断ると「時間を作れ」ですってよ。おいおい、お前な、嫁さんにかけあって自分の助手にするからそのぶん労働は免除させてもらうよ、くらい言ってやれないのかよ。そこまで嫁がこわいのか。絵が好きなグリートは家事をやりくりしてアトリエで画家の手伝いをする。妻は絵の具の調剤を手伝っているとわかっても「仕事の手抜きは許しませんよ」だって。母親の真似をして、くそ意地悪い娘は洗いたての洗濯物に泥をこすりつける。黙っているようなグリートではなくその場で横面を張り飛ばす。娘はグリートが両親の家を離れる時もってきた、父親が作った小さなタイルの壁掛けを割って仕返しをする。おまけに自分の鼈甲の櫛がなくなったと大騒ぎ。罪をグリートに着せるが「わたしは盗んでいません」助けて、とフェルメールに訴える。このときばかりはフェルメールは狂ったように娘の部屋をねこそぎひっくり返す。妻の制止も聞かばこそ。娘の枕の下から盗まれたはずの櫛が出てきたではないか。これが妻の嫉妬の火に油を注ぐことになる▼グリートとフェルメールの間の共感が深まっていく。グリートはフェルメールが「心まで描く」画家だと思う。フェルメールは自分の絵を深く理解するグリードにやさしさが募る。女たちの爆発は時間の問題です。妻もババさまもグリートに異様な興味を持つライフェンを焚き付ける。フェルメールはグリートの肖像を描くと決心する。なぜか。彼は挑戦し実現したかったのだ、ファン・ダインが残した驚異の「顔」。一目見たら忘れられない顔。フェルメールはグリートにやれかぶりものを取れ、耳飾りをつけろと注文をだす。そンならお前、嫁さんに言ってイヤリング借りてやれよ。でもそれはしない。なにもかも全部グリートに押し付けてオッサンは絵を描くだけである。フェルメールの天才がナンボのもんじゃい、こんな男の絵のどこがありがたいのだろう。そう思った。かわいそうなグリートを助けたのはババさまだ。彼女は娘が外出した空きにイヤリングを持ち出し、今のうちにアトリエに行って描いてもらえというのである。ま、彼女にしたら早く描き上がれば早く売れるわけだからね▼耳飾りをピアッシングするのに「つけて」とグリートはフェルメールに頼む。フェルメールはろうそくの炎で針を焼きグリートの耳朶に刺す。ふたりは終始一線をこえなかったのだけど、このシーンって形を変えたセックスと同じですね。なにはともあれ「真珠の耳飾りの少女」は完成しました。完成した絵のモデルが自分でなく女中であること、彼女が自分のイヤリングをつけていることで妻は怒り狂いグリークを叩き出します。ある日グリークを女中頭が訪ね「預かっているの」と小さな包を渡します。中は彼女がモデルのときに使った青いターバンと真珠の耳飾りでした。フェルメールは最後までダメ男ですが、ま、これが勇敢なヒーロー的男性でないことは、いわゆる「天は二物を与えず」なのでしょう。もう一つの一物はもはやフェルメールの手を離れ、見る人がその絵の前で思いをめぐらせずにはおれない、ミステリアスな視線を投げかけながら、永遠の「顔」として今も生きています。

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