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シネマ365日

2014年1月6日

特集「初笑い」 迷い婚 ~すべての迷える女性たちへ (2005年 家族映画)

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監督 ロブ・ライナー
出演 ケヴィン・コスナー/シャーリー・マクレーン/ジェニファー・アニストン

「卒業」コメディ版

 祖母と母親の両方に関係をもった男によろめいてしまう娘がマリッジ・ブルーのヒロイン、サラ(ジェニファー・アニストン)だ。母娘三代にわたって関係する男ボーにケヴィン・コスナー、祖母キャサリンにシャーリー・マクレーン。豪華な俳優陣と思っていたら、ノンクレジットでキャシー・ベイツ、ジョージ・ハミルトンが出演。おまけにストーリーの中心軸に「卒業」が設定されている。ロブ・ライナー監督とは「ア・フュー・グッドメン」(出演トム・クルーズ、デミ・ムーア)、「ミザリー」(キャシー・ベイツ、ジェームズ・カーン)、「恋人たちの予感」(メグ・ライアン)、「最高の人生の見つけ方」(ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン)といったヒット作、話題作、ラブコメから社会派映画まで、全方位ともいえる幅広いスキルの持ち主だ。それで「迷い婚」とはどんな映画になったか。う~ん。そもそもマリッジ・ブルーなんて、知る限りで実際に陥った女っていたかな。結婚を前にブルーになってグズグズ言っているやつね。ま、とりあえずは(結婚に)飛び込むとしよう、これがひとつ。なにはともあれ、そのうちなんとかなるだろう、これがふたつ。早いとこ片付けて落ち着こう(何に落ち着くのか知りませんが)…周囲にいたのはそんな女ばかりだったから、少なくとも本作のヒロインの年齢になって〈ブルー〉になるということに(はて?)違和感を覚えるのだ。ここまで書いてつい笑ってしまったのだが、ジェニー・ブライスは「フィルム・ノワールの悪女たちーハリウッド映画史へのひとつの視点」で、「フィルム・ノワールはほとんどの芸術がそうであるように男性の幻想の産物で」あるとバッサリ断言している。結婚を前に迷う、いまや可憐と言っていい女も「幻想の産物」でなければいいけど。まあ、いいか。話を進めよう▼サラ(ジェニファー・アニストン)は新聞記者。といっても書いているのは結婚の告知と死亡記事。祖母のキャサリン(シャーリー・マクレーン)は孫の記事の愛読者だが、読むたび「自分が出ていなくて幸せ」とうそぶく肝っ玉ばっちゃん。サラは恋人のジェフからプロポーズを受けて以来気が滅入って仕方ない。自分の可能性が閉ざされるように思える。姉アニーの結婚式に出席するため故郷パセディナに帰ったサラは、亡きサラの母が結婚前に若者と駆け落ちした事実をキャサリンから聞く。それこそ30年前から町に伝わる話で、結婚式直前に自分の母親が誘惑した青年と駆け落ちした娘の事件だった。しかもそれは映画「卒業」のモデルになったというのだ。話をさかのぼっていくうちに母親の母親、つまり祖母キャサリンが誘惑した相手で、かつ母親が挙式前に駆け落ちした男だというボー(ケヴィン・コスナー)にたどりつき、サラはボーに会いにサンフランシスコに行く。自分の父親はボーではないかとも思ったのだ。合って話した結果、ボーは自分の父親ではないことがわかった。ケヴィン・コスナーはすっかり初老の落ち着きとインテリジェンスで(これじゃ母娘三代も無理ないか)と思わせるところがさすがだ。しかしなんといってもシャーリー・マクレーンが出てくるとすっかりあたりをさらっちゃうのです。彼女の役は「卒業」のミセス・ロビンソンのコメディ版なのですが、彼女にはなにをやっても「コメディの真髄」みたいなものが光るのです。セリフひとつ、いやしゃべらなくても自分の領地に引きずりこんでしまうこのイヤ~な女優。かわいそうに、ジェニファー・アニストンはそれでなくともいつまでも、テレビの「フレンズ」から抜け切れないのにすっかり影が薄くなってしまいました。サラは一言でいうと「満ち足りている世間知らず」にすぎない。祖母のキャサリンはそれがよくわかっているから、サラが結婚や人生についてあれこれ確かめたがることに「わたしは愛のプロじゃない」と釘をさし「呑兵衛の夫に愛は感じなかった。あったのは情だけね」と繊細なことをいうのですがサラにはその違いがわからない。とどのつまりサラの父親が「結婚とは」に「人生は冒険じゃない。築くものだ」と結論をくだす。なんだか全編これこじつけみたいな映画なのだけど、どこからみても平凡なヒロインが、いくら迷っても「お前の勝手だろ」といいたくなってしまうのがこの映画のつらいところだわね。

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