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2014年1月2日

リオ、そして東京。2020年まで活躍していたい 車いす陸上選手 西田 宗城 さん

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年末年始インタビュー特集
「2014年輝く人」

昨年は初めての日本代表
経験活かし、今年はワンランク上を目指す

 「できないことを考えちゃいけないよ。できることを考えてごらん」。
 昨年の7月、フランス・リヨンで開催された「2013 IPC 世界陸上競技選手権」のマラソン日本代表選手として出場した西田宗城さんが、リハビリ中に医師から言われた言葉です。「それまでは、歩けないし、車いすだし、できないことばかりだと思っていました。それが、しゃべれるし腕も動くし、落ち込んでてもしゃあないと思えるようになりました」。
 西田さんは小学生の時から野球に打ち込み、大学卒業後もプレーを続けようと考えていた矢先、自動車事故で脊髄を損傷。車いす生活を余儀なくされますが「(医師の言葉によって)『ピンチはチャンス』と前向きになっていましたから」。勉強し、和泉市役所に入職。公務員として働きます。「ただ、仕事が忙しくて運動らしい運動ができなかったんですね。そしたら、10kgくらい太ってしまって。何かせなあかんなぁと思っていました」。そんな時に知ったのが、車いすの陸上競技。

 「たまたまテレビで見かけて。とにかく速くて気持ちよさそうで、一目惚れでしたね」。練習場所を探し、現在は大阪府内を中心に週6日、1回2時間の練習を行っています。「1日2回練習することもあります。車いす競技をしていてしんどいことですか? 練習はしんどいですよ(笑)」。
 1日に40kmは走るそうですが「それだけではなく、インターバルトレーニングなども行います。私は一瞬で加速するスピードや、上り坂が課題。瞬発性を養うためにやっています。しんどいですけど、練習をやっている充実感があって、キツい練習は好きですね」。自分がより強くなるために。課題を克服するために。強度のある練習をこなしています。
 「年間15レースくらいは出場していますが、実力的にはまだまだ。IPC 世界陸上もギリギリで出場しました。でも、初めての日本代表でしたし、良い順位を出したかったです」。結果は10位。西田さんは「今の実力では納得の結果」としながらも「たくさんの課題がありますから、それを克服したいと思っています。それに、良い刺激と緊張感を味わえました。これをきっかけにレベルアップして、もう1つ上のトップ選手と勝負したいですね」。

 また、昨年11月からはバカラパシフィック株式会社に所属。「ロンドンパラリンピックの時に強化指定選手にはなりましたが、結局、出場できませんでした。悔しかったですし、もっと練習したいと考えて市役所を辞め、フリーで活動してきました。ただ、そうなると経費もかかりますし、今後どうしようかと考えているところで『トレーニングをメインに仕事してくれて良い』とお声をかけて頂きました。良い環境になり、感謝しています」。
 多くの人たちに支えられている分、2014年は恩返しの年にもしたい。1月にはトラックレースの大会もあり「お正月には沖縄で練習しています。また、10月にアジアパラ競技大会が韓国でありますので、選考レースで結果を出したいですし、アジアパラへ向けて調整していきたいです」。そして、その先にはパラリンピックも。
 「2016年のリオデジャネイロはもちろん、2020年の東京開催の時にも活躍している選手にならないといけないですね!」。再び日の丸を背負い、世界の舞台へ。夢へ向け、西田さんは早くも始動しています。

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