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特集「ダンディズム-dandyism-」

2014年1月24日

特集「ダンディズム」 アラン・ドロン ビッグ・ガン (1973年 アクション映画)

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監督 ドゥッチョ・テッサリ
出演 アラン・ドロン

ドロンさま御用達

 アラン・ドロンが好んで演じるキャラとイメージが「死と虚無」です。代表作のひとつは「サムライ」ですね。孤独なヒットマンが最後に虚しく死ぬ。本作もその延長線上にあります。アラン・ドロンはマフィア発祥の地シシリア出身の殺し屋トニー。主要な舞台はミラノ、ローマ、シシリア。つまりアラン・ドロンが役者としてのスタートをきり、同時に栄光を手に入れたといっていいイタリアです。「若者のすべて」(ルキノ・ヴォスコンティ監督)「山猫」(同)「太陽はひとりぼっち」(ミケランジェロ・アントニオーニ監督)「太陽がいっぱい」(ルネ・クレマン監督)。本作の監督はマカロニ・ウェスタンでジュリアーノ・ジェンマを売りだしたドゥッチョ・テッサリです。ハードなアクションと非情の世界の男たち、という設定でアラン・ドロンと相性のいい映画にしあがっています。「ゴッドファーザー」にしろ「シシリアン」にせよ、命を的に殺しあうマフィアの世界で信頼できるのは家族のみ。ことのほか家族を大切にする。主人公トニーはその家族を殺されます。息子のために足を洗うと組織に告げたとたん。目の前で最愛の妻と子の乗った車が爆発される。妻子を見送ろうと窓辺にたったアラン・ドロンの目前です。その一瞬を見る凝視力。凄まじい目です。とやかく言う人はいるのですけど、やっぱり並みの俳優ではないですね▼復讐の鬼となったトニーの逆襲が始まる。移動する列車の中、高層ビルの玄関、黒いコートを着て影のように現れ一発でしとめ、幻のごとく去る凄腕の殺し屋。「ビッグ・ガン」とはトニーの愛用するコルト自動拳銃「M1911A1」のこと。コルト社が第一次大戦後改良を加え、第二次大戦中製造した同型は約53万挺。口径が大きいゆえに「ビッグ・ガン」と呼ばれます。命を助けたことのある娼婦サンドラの情報によって、トニーは次々ギャングの大物を血祭にあげていく。相手方の報復も待ったなし。サンドラは血みどろになるまで傷めつけられ、トニーの部下は惨殺される。トニーはサンドラを連れて両親のすむ故郷に一時戻る。自分はよそ者だからと気をつかうサンドラに「息子のために血を流してくれた人を、両親は立派な家族だと認める」とトニーが〈家族の絆〉を強調し安心させるシーンがあります。シシリーの実家にマフィアの最後に残ったボスが手打ちを言ってくる。娘の結婚式にトニー一家を招待したいというのだ。信用してはいけない、いやな予感がすると訴えるサンドラに「まさか娘の結婚式で血を流しはしない」とトニーは説得し母親とサンドラを連れて教会に行く。女のいうことを聞くべきでしたね。トニーが銃撃されて負傷したときに、マフィアの恫喝にも屈せずトニーを逃した親友が最後に裏切ったのです。このエンドは賛否両論がありますが、監督としてはこういう「死と虚無」の幕切れがアラン・ドロンのダンディズムにもっともふさわしいと踏んだのでしょう。まったくもっていっさい何の説明もなく、アラン・ドロンは胸を撃ち抜かれる。なんだかこういうラスト「サムライ」を持ち出すまでもなく「ドロン様御用達シーン」になっていません? 「スコルピオ」もそうだった。胸がしめつけられる「冒険者たち」もそうだった。(おや、またかよ)と思いながら(ふん。決まってやがら)に落ち着いてしまうところがしゃくだわ▼アラン・ドロンはこのとき38歳です。すでに「功なり名遂げた」といっていい立場にありました。チャールズ・ブロンソン(「さらば友よ」)、ジャン=ポール・ベルモンド(「ボルサリーノ」)、イヴ・モンタン(「仁義」)、シモーヌ・シニョレ(「帰らざる夜明け」)、バート・ランカスター(「山猫」)、ジャン・ギャバン(「地下室のメロディ」)など、ヨーロッパを代表する俳優や監督と共演し、しかもヒットさせてきました。その実績を背景に脚本家や監督にがんがん逆要求する難しさもあわせもってきましたが、彼が登場するとスクリーンの密度が濃くなる、究極のダンディズムともいえるその存在感はいくつになっても変わっていません。

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