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2014年1月11日

冬は必ず春となる シンガーソングライター・松田陽子

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年末年始インタビュー特集「2014年 輝く人」
シンガーソングライター・松田陽子さん

子宮けいガン・うつ病・脳梗塞…
病を克服しながら、多くの人に笑顔と勇気を届ける歌姫

 関西外語大学在学中にスカウトされ、卒業後に歌手としてデビューした松田陽子さん。高校・大学で留学していたこともあり、通訳や司会の仕事もしていたそうです。
 「元々、アナウンサーにもなりたくて、多くのマスコミを受けましたが落ちました。でも、そこで1つ、夢が叶いました」。
 歌手として夢だったニューヨーク・ブロードウェイでも舞台に立ち、実力を認められていましたが、31歳の時に結婚、専業主婦に。娘さんも誕生し、幸せいっぱいな家族生活、のはずでしたが、子宮けいガンを発症。子宮をすべて摘出しました。「そこからが大変でした。医師から再発する確立は半々と言われて。結局、再発することはなかったのですが、だんだん(心が)壊れていきました。32歳の頃ですね」。
 そこから2、3年は大変だったと振り返ります。「一番身近な家族に気がついてもらえず、34歳の時に夫と離婚しました」。

 ふさぎ込む日々。それを変えたのは、一本の映画。「難民を題材にした映画なのですが、私も20代の頃、スリランカへ旅行した時にスラム街へ行ったんです」。手足のない子どもが横たわり、道行く人からお金をもらう親がいる。
 「元々、手足がないのではなく、お金を得るために親御さんが手足を切ってしまうこともあると聞きました。この子たちは何のために生まれたんだろうと、その時は思っていたのですが、その衝撃を(映画を観て)思い起こしたんです。残っていた気持ちが呼び起こされた感じですね」。死に直面した自分に、何かできることはないか。松田さんは再び歌い始めます。
 また、シンガーとしてだけではなく、講演活動や刑務所の慰問、ボランティア団体「self」の代表も務め、国連UNHCR協会 広報委員としても活動。「大学時代、国連の職員にもなりたかったのですが、外語大生には(当時)門戸を広げていなくて。(その夢も叶い)今まで思い描いていたこと、心の中で『やりたい』と思っていたことをすべてさせて頂いています。世界で歌いたい、司会をしたい、国連で働きたい。それに、フルマラソンも」。2013年までの3年間、毎年フルマラソンに挑戦。すべて完走してきました。
 「ただ、実を言うと今、脳腫瘍を患ってまして。昨年、大阪マラソンを走ると言ったときには、お医者さんに呆れられました(笑)」。現在も治療中で検査入院することもありますが、それでもパワフルに活動を続けています。 (2へ続く)

この記事の続き
若シンガーソングライター・松田陽子(2)

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