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2014年1月17日

震災と紛争 悲しみと希望を知った東欧の旅 母校で手づくり紙芝居『じしんがおきた日』を初ライブ上演

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阪神・淡路大震災で被災した元教諭・廣瀬智恵さん

「生きていればこそ」その思いを実感

 1995(平成7)年3月、東欧・ユーゴスラビア(現・セルビア)。現地の国立がんセンターを訪れた廣瀬智恵さん(28歳、当時9歳)は、自分と同年代の子どもたちの屈託のない笑顔にとまどっていました。
 阪神・淡路大震災で自宅が全壊するなど、大きなショックを受けた廣瀬さんは、震災以来、ふさぎこむばかり。その様子を心配した母・育子さん(52歳)が勧めたのは、被災者を対象にしたユーゴスラビア政府の招待旅行でした。
 観光地だけでなく難民キャンプなど、ボスニア紛争(1992~95年)の深い傷跡にもふれる旅程で訪れた国立がんセンター。「薬も治療も不十分で、明日にでも死んでしまうかもしれない子どもたちが、笑顔で手づくりの人形や『愛しています』と書いたメッセージカードをプレゼントしてくれたんです」(廣瀬さん)
 難民キャンプや交流施設でも手遊びやダンスを通じてふれあいを深めた廣瀬さんは、幼いながらも「紛争や天災で最もつらい思いをするのは、一番弱い立場の女性や子どもたち」との思いを痛感したといいます。そして、「どんなに悲しい現実に直面しても生きていればこそ、大切なものを失った心の痛みを共有し、喜びを分かち合えると知ったんです」
 現地では、幼いころから親しんでいた絵画のもつセラピー効果にもふれた廣瀬さん。帰国後、本格的に創作活動に取り組み始め、次第に本来の笑顔と元気を取り戻していきました。

母校で自ら語り継ぐ震災

 短大で美術教員の免許を取得し、2006(平成18)年に母校の兵庫県西宮市立平木小学校に赴任。2010(平成22)年1月17日からは、校内放送を通じて震災当時の状況を描いた手づくりの紙芝居『じしんがおきた日』の上演を始めました。
 退職・出産を経た後も、赤ちゃんや子ども・母親の姿を描き加えるなど改良を重ねた紙芝居は、昨年1年間をかけて全面的に改訂。きょう1月17日には、体育館で大型スクリーンを使って児童に直接語りかけるライブに初めて挑戦します。
 阪神・淡路大震災で被災し、ユーゴスラビアの旅で気づいた、悲しみと希望。「生き残ったからこそ、生き続けているからこそ、命をつないでいくことができる」という廣瀬さんは、「この街で大人も子どももみんなが助け合って再び立ち上がったことを、これからもずっと伝え続けていきたい」と話しています。

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