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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年3月7日

特集 LGBT-映画にみるゲイ ヘンリー&ジューン 私が愛した男と女 (1990年 ゲイ映画)

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監督 フィリップ・カウフマン
出演 ユマ・サーマン/フレッド・ウォード/マリア・デ・メディロス

孤 高

 ユマ・サーマンがこんなに孤独の似合う女を演じるとは思わなかった。ヘンリー・ミラー(フレッド・ウォード)は女嫌いのエゴイスト、ヒロインのアナニス(マリア・デ・メディロス)は文学ごっこ、放蕩ごっこにかぶれたヒマな金持ちの妻。ふたりの間を往還するヘンリー・ミラーの二度目の妻ジューンの、感情の彫りの深さによって、この映画は解像度をあげている。ジューンはヘンリーをドストエフスキーに匹敵する作家にと、彼を支えるため女優をやりながら金持ちの「パパ」に身を売り、貧乏にあえぎ血を吐く思いで日々の暮らしに耐えた。彼女の父はサーカスの手品師、母はブランコ乗り。「わたしもサーカス育ちよ」とジューンはアナニスに生い立ちを話す。ヘンリーがいるパリにきたジューンは彼がつきあっている作家仲間や、銀行家の妻アナニスと知り合った。アナニスはジューンの全身が放つ昏いエロティシズムにうたれる。ユマ・サーマンは20歳だった。彼女の代表作はいくつかあるが(たとえば「キル・ビル」の連作とか)、本作と「ダイアナの選択」が好きだ。どちらか一本といわれたら迷わず本作を選ぶ▼ジューンはヘンリーの小説を読む。アナニスは絶賛する。ジューンは言う。「これがわたしなの? わたしの苦しみと犠牲の結果がこれなの? 歪められているわ。ヘンリー、わたしを見て。わたしが期待していたのはドストエフスキーよ。あなたは人を素直に見られないのね。あなたはすべてを醜くする。あなたの知らない世界を教えたのはわたしよ。すこしは好感のもてる女に書いたらどうなの」ヘンリーは言い返す「ドストエフスキーだって君には手を焼くよ」確かに従順な女ではなかっただろうし、彼女をどう書こうと作家の自由にはちがいない。でもジューンは自分をきれいに書いてくれていないと指摘したのではない、ヘンリーのものの見方に不信を、歪んだものを感じたのだ。ヘンリーの書いたものを読んでジューンは彼の愛情の限界を知る。ヘンリーが愛するのは自分だけだ。それ以外は自分に仕える道具にすぎない、そういわれても仕方のないエゴイズムがヘンリーには充満していた。彼が女にいう台詞の二言目は「君が必要だ」「君と結婚するべきだった」「おれを支えてくれ」。ふん、お前の必要を満たすために女は体も心も捧げんといかんのかよ、おい、とだれか言ってやらなかったのだろうか▼しみじみと心に残るシーンがある。ニューヨークの女友達が作ってくれたあやつり人形をジューンはかたときも離さずバッグにいれて持ち歩いている。ジューンは喫茶店で腹話術を使って人形にしゃべらせアナニスに聞かせる。そして言う「帰るわ」。「どこへ」とアナニス。「ニューヨークだよ」と答えたのは人形。シーンは変わりジューンが去っていく背の高い後ろ姿が映る。黒い長いかかとまであるコート。ジューンは右手だけで上手に人形をあやつり、人形はコトコトと小さな靴音を響かせジューンと二人連れのように歩いていく。ジューンの独白。「帰るの。戻ってわたしの人生を続けなきゃ。友達、芝居の勉強、オーディションもあるわ」。男の愛はない。自分の捧げたものはクズ同然の扱い。ここにいたくない。自分の人生を取り戻そう。帰ろう。女の孤影がユマの後ろ姿からかすかな風のようにそよいでくる。風を感じさせる女優って素敵だ。帰国をきめたジューンはアナニスと地下にあるゲイバーに入る。女ばかりだ。ジューンは「酔っ払うわ。あなたも酔うのよ。あなたが怖いから酔えば思っていることを言える勇気がでるわ。人生につまずかないように忠告してあげる。わたしはひどいことをしてきたわ。口では言えないことも。しかもそれを見事にやってのけた。いまは汚れのない気分よ。信じてくれる? アナニス。ヘンリーをお願いね。私は朝発つの」「いつ戻ってくるの」「すぐ戻るか。これきりか。アナニス、あなたを抱きたかった」▼このあたりまではアナニスは趣味で日記をつけるただの金持ち女だった。しかしジューンへの情熱を自覚してから、アナニスの感性は研がれ攻撃的に、こわいもの知らずになっていく。ヘンリーにはこういう「あなたには才能と情熱があっても思いやりがない。たとえばジューンのことよ。わたしは彼女のことを書くつもりよ」「オレが書いている」とヘンリー。「女の目でみたジューンよ。ジューンが持っている〈詩〉を書くのよ。彼女はあなたの妻なのに彼女を書いていないわ。わたし彼女とキスしたわ」ヘンリーはたじたじ。妻のことをちゃんと書けていないとまともに指摘されたのだ。キスしたというのは地下のゲイバーで踊っているときのこと。あなたを抱きたかったというジューンの別れの言葉に、アナニスは自分を抑制するすべがなかった▼しかしアナニスがヘンリーと関係をもってからジューンはアナニスの悪夢になる。そのジューンがパリに戻った。アナニスはヘンリーとの情事を隠すために従兄と恋仲であるとジューンに言う。「あなたに恋人が? いっしょにいた彼ね。うれしいわ、アナニス、おめでとう。わたしにはだれもいない」…印税のことで本屋といい争いになったジューンはヘンリーともケンカになりウイスキーを煽ってベッドに倒れこむ。「わたしは疲れ果てたわ。アナニス、どこかふたりで逃げたいわ。雪の深いところへ」ヘンリーとの情事、従兄との情事、自分のカラをやぶったアナニスは人が変わったように大胆にジューンに迫る。アナニスを抱いたジューンは「小さいのね。それにこんなに細い。二つに折れそう」「力を抜いて、ジューン。まだ抵抗しているわ。体をみせて」「美しくないの」「なにを言うの」耳をそばだてたジューンが「なにか音がしたわ。ヘンリーよ」「彼は一度眠ったら起きないわ」「…」短い沈黙のあと「あら、そう」冷たく覚めたジューンの声▼夫とアナニスの情事に激しく傷ついたジューンは「わたしを愛していたなんて、書くために経験したかっただけなのね。ヘンリーも同じ。あなたたちに愛なんて関係ない。わたしはあなたたちに何もかも奪われたわ。でも新しいだれかに与えるだけは残っている。本物の才能ある作家にね」そして「あなたの本に書き加える最後の章をつくってあげるわ」そう言いすて夜霧の奥に姿を消す。アナニスはヘンリーと別れると決める。「おれは追い払えないよ」自信満々のヘンリーだがアナニスは夫のもとに帰る。例によってヘンリーの言い分はこう「こんなときにおれを見捨てるのか。君が必要だ」ジューンとネジが外れてすべての関係は瓦解した。ジューンとは与える女だった。性格は激しく自己主張の強い女。そもそも人に充分なものを与える力のある女で自我のない女がいるだろうか。救われるときは救われておいて、女の強さが鼻についてきたからと別の女に救済を求める男も、ジューンのセクシュアリティにひきよせられ、やるだけやって夫と元の鞘におさまる女も、ジューンの孤高の前には凡庸だ。ジューンは自分の人生に戻り社会福祉活動に、一生を与える人生に捧げた。彼女が自分の人生に戻るとき、いっしょにいたのはあの人形だけだろう。コトコトと靴音と鳴らしてジューンといっしょに歩いていった人形、数本の糸をあやつるジューンの右手が、まるで人形と手をつないでいるように見えた。

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