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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年3月14日

特集 LGBT-映画にみるゲイ57バウンド(1996年 ゲイ映画)

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監督 ウォシャウスキー兄弟
出演 ジェニファー・ティリー/ジーナ・ガーション/ジョー・パントリアーノ

いつ見ても新しい映画

いい映画はいつみてもいいという見本みたいな映画。「シネマ365日」に既出ですが、ゲイという視点から見直しました。いい映画はいつみてもいいと書きましたがもうひとつ「どこからみてもいい」ですね。あらゆる視点からそのつど新しさを発見させてくれます。主な登場人物はムショ帰りの女泥棒コーキー(ジーナ・ガーション)と、マフィアのシーザー(ジョー・パントリアーノ)、その情婦ヴァイオレット(ジェニファー・ティリー)です。映画に出てくるのはほとんどふたつの部屋だけ。撮影はどっちかで行われる舞台のように狭い設定だ。壁と天井と床の無機質な空間に、ヴァイオレットの真っ赤なドレスと、白いペンキにほとばしる鮮血が目の覚めるような鮮やかさで使われる。そして電話に黒いサングラス。兄弟の視覚の構文が「マトリックス」にさきがけて頻繁に用いられます▼ガーションは役作りのためジムに通い筋肉をつけ、レスビアン・バーに通ってゲイの雰囲気を実感した。そのときタトゥがとても魅力的な女性がいて、そのまま真似したといいます。コーキーとヴァイオレットが最初に話題にするのがタトゥ。コーキーのタトゥをみたヴァイオレットが自分の胸のタトゥにさわらせる。シーザーがコーキーのタトゥをばかにしたときにヴァイオレットの目は憎しみと蔑みに燃えます▼ほぼ全シーンを油まみれのシャツとだぶだぶのパンツで通すガーション。むき出しになった引き締まった腕に腹部、そげた頬に鋭い眼光、めくれた唇に光る歯。こういう目立つキャラのコーキーがどうしても主で、頭の弱い感じで舌足らずなしゃべり方をするヴァイオレットが従だと思うでしょ。とんでもない。初めはそう思ったのだけど、ジェニファー・ティリーがどうにもこうにも隅に置けない役者でして、じわじわと映画の主導権を奪っていくヴァイオレットが水際立ってカッコいい。ボコボコに殴られ高手小手に縛られ、床に転がっているコーキーに代わって、ただひとりマフィアと対等にやりあい彼らを術中にはめたかと思うと、弾倉がカラになるまで落ち着き払ってシーザーを撃ちつづけ一発も外さず、コーキーを救い出すのはほかでもない、アタマが弱そうで色っぽいだけにみえたヴァイオレットなのだ。シーザーが「あのアバズレのレズがお前になにをしたっていうのだ」と聞いたとき「あなたができなかったこと全部」と眉も動かさず答える。この映画って絵になるセリフがあふれていましてね、ウォシャウスキー兄弟の脚本の冴えがつくづくよくわかります。たとえばファーストシーンのこのナレーション「わたしの中にあなたがいる。わたしの一部のように」これヴァイオレットがコーキーに言う宿命のセリフですね。つぎ。肝心なときにシーザーが来て行為は途中になった。車にのったコーキーを追いかけてきたヴァイオレットが「謝りたいの」「誘っておいて謝る女は嫌いだ」とコーキー。「謝るのは誘ったことじゃないの。誘っておいてなにもしなかったことなの」。もうひとつ。「富のわかちあい」とヴァイオレット。「なにそれ」とコーキー。「お務めの理由よ。寝たい相手にそう言うの」。ついでにこれも「盗みはセックスと同じ。同じことを求めてふたりきりで部屋にこもり、前戯みたいに計画を練る。だんだん熱くなる。セックスは初対面でもできるけど盗みはよほどの信頼関係がないとできない」これは腕利きのコーキーがムショ行きになったのが、相棒の裏切りだったところからでた見解。計画が狂いシーザーに追い詰められたヴァイオレットが隣の部屋に待機するコーキーに電話する。200万ドルを持って逃げるつもりならコーキーはできるのに部屋で待っていた。自分からは裏切らないと言い「だからわたしはここにいる」コーキーとヴァイオレットは壁を挟んでてのひらを合わせます。心憎いですよ。ラストシーンのセリフはこれ。仕事を終えたふたりが車に乗り込む。ヴァイオレットが聞く「わたしたちの違いがわかる?」「ノー」「わたしもよ」そこでもういっぺん最初のセリフにもどってみてください。意味がよくわかります。ラストのラスト。どちらからともなく黒いサングラスをかけ熱いキスをかわすところで「ウォシャウスキー劇場」は幕▼女優だけでなくこの人も特筆ものだった。シーザーのジョー・パントリアーノです。シーザーは典型的なホモファビア(同性愛嫌悪者)で嫌い方は狂的。白目をむき出し「吐き気がする」とコーキーを罵る。ヴァイオレットが銃を向けると「おれなら現金を見た時に撃っていた。それをしなかったのは撃てないからだ。お前におれが撃てるものか。お前はおれに会うまで一文無しのクズだったのだ」なんてヴァイオレットみたいな女相手に言うのよ(ウォシャウスキーが言わせているのだけどね)。撃ってくれと頼むようなものね。案の定「あなたはなにもわかっていない」いうなりガンガンぶっ放される。軽快なテンポと小気味よくひねったシーン転換、スクリーンの空間が息詰まる密度。兄弟の監督デビュー会心作というに恥じないですね。

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