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2014年3月11日

南相馬市から京都へ 家族の運命を変えた東日本大震災 一番大切なことに気づいたのも「生きていればこそ」

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イラストレーター ネイリスト 森岡真理さん

福島京都を往復する生活 心身の負担重く

 福島第一原発から約25km、福島県南相馬市原町区の自宅から京都市右京区に避難して2年半。念願のネイリストの資格を取得した森岡真理さん(48歳)は、本業のイラストレーターとしても大忙し。友人や仕事先にも恵まれ、「これも震災で京都に来ることができたお陰」と笑顔を浮かべますが、今日に至るまでの道のりは平坦なものではありませんでした。
 大阪府堺市出身の森岡さんが結婚を機に、夫・秀昭さん(39歳)の出身地・南相馬市に転居したのは、2005(平成17)年。一軒家で犬を飼うという幼いころからの夢が実現し、秀昭さんの仕事も順調だった平穏な暮らしは、2011年(平成23)年3月11日を境に一変しました。
 震災後、京都市内に居を構えたものの秀昭さんは仕事の関係から南相馬市に戻らざるを得ず、昨秋から単身で帰郷。以来、森岡さんは月の半分を京都で過ごし、残り半分を南相馬市に帰る日々が続いています。
 イラストレーターの仕事はインターネットを利用することで支障はありませんが、「せっかくネイリストの資格をとったのに、月の半分もサロンを開けないのがお客様に申し訳なくて…」(森岡さん)。京都福島間の往復も心身と経済的に大きな負担となり、いずれはどちらかに生活の拠点をおくことは決めていますが、「結論が出るのは、まだもう少し先になりそう」と、ため息をつきます。

新たな夢に向かって震災後を生きる

 大きな災厄に見舞われた一方、今回の経験を通じて森岡さんは、改めて実感したことがあると言います。それは「命さえあれば、それだけでいい」ということ。激しい揺れに襲われたときも、南相馬市から大阪の実家に24時間かけて車で避難したときも、ずっと一緒だった秀昭さんと愛犬・マルス。「何よりも大切なのは、家族。一緒に生きていければそれだけでいいと、心から思ったんです」
 故郷の復興は、いまだ道半ば。愛犬と散歩した美しい砂浜や、楽しい記憶がいっぱい詰まった街並みはすっかり変ってしまいましたが、大切なものに気づいたあの日以来、森岡さんはすべてを前向きにとらえて生きていこうと決めました。
 「住む場所と同じように、いつになるのかまだわかりませんが」と話しつつ、森岡さんは微笑みます。「いつの日か、震災から普通の暮らしを取り戻すまでを、絵本にしたい。それが震災後を生きる、わたしの夢の一つなんです」

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