女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年3月22日

特集 LGBT-映画にみるゲイ65
ショー・ミー・ラヴ(1998年 ゲイ映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ルーカス・ムーディソン
出演 レベッカ・リリエベリ/アレクサンドラ・ダールストレム

「道あけて。通りたいのよ」

中学生か高校生の同性愛って、一過性の熱病みたいなもので、どうせ甘酸っぱいブドウみたいな映画だろって思っていたのだけど大違い。ルーカス・ムーディソン監督がこんな硬派の映画に仕上げていたとは知らなかったな。同性愛者が社会との対応でいちばん大きな壁に感じるカミングアウトをとらえた。その〈真っ向勝負〉がこの映画をみかけよりずっと重いものにしている。同性愛に対する世間の差別も偏見も、また(差別するべき問題ではない)と頭ではわかっていても、自分の娘がそうだと知らされたときの母親の戸惑いや対応を、おおげさにせず、それでいてよそ見も脇見もさせず、几帳面に書き込んでいる。本作の製作は1998年だ。1995年に「月の瞳」が公開され「同性愛でも幸福な結果になっていいのだ」というメッセージを発信した。続いて「トーチソング・トリロジー」や「夜の子供たち」「ジア 裸のスパーモデル」「オール・アバウト・マイ・マザー」など、問題意識とドラマ性にとんだ主張でゲイをさまざまな角度から捉え出した。これらの作品に登場するゲイは被害者ではなく、自分のセクシュアリティを自然に生き、のびのびしていた。2000年になるとゲイ映画は「差別と偏見」は乗り越えるべき既出の問題であるとして、すでに論議の時代ではなくもう一歩踏み込んだ、現実に溶け込んだ〈日常社会におけるフツーの意識と生活〉をとりあげ等身大の共感を集めた。代表的な社会現象が「L の世界」だった。本作が製作された1998年とはちょうどゲイに対する意識がかわろうとする潮流が渦をつくっていた時期だ。カミングアウトはゲイを映す社会の鏡だった。カミングアウトするほうも、それを受けとめるほうも愛と知性がためされた。この映画はそのシリアスな問題を、思春期の少女という形象を借りて軽快に、気持ちよく、でも断固として正面からつきつけている▼主人公ふたりは14歳のエリン(アレクサンドラ・ダールストレム)と16歳を迎えたアグネス(レベッカ・リリエベリ)。アグネスは内気な性格で引っ越してきて1年半たつが友達ができない。自分はブスのできそこないだというコンプレックスがある。同じ学校のエリンが好きだ。引っ込み思案の娘のために両親は誕生パーティを開くことにし、友達を招待するようにすすめる。唯一来るといった障害のある同級生にアグネスは冷たい言葉を投げつける。パーティにやってきたのはエリンとその姉で、冷やかし半分で様子を見に来たのだが、自分たち以外だれもいないのでワインを飲んだら帰ろうと決めた。アグネスの部屋の様子から「彼女はレズだ」と姉がいい、キスしたら20クローネあげると言う。エリンはアグネスと部屋でふたりきりになって、強引にキスし「よかった?」と姉にきかれ「サイテー」と答える▼アグネスは彼女らの振る舞いに傷つきリストカットを図る。そのとき窓に小石があたる。エリンがもどってきて「話したいことがあるの」「そこで言って」アグネスは突き放す。エリンは「トイレを貸してよ」と言って無理やりあがってくる。アグネスは嬉しそうだ。エリンは「レズなの?」とズバリ聞き「そうだとしても軽蔑しない。わたしもなるかも…ごめん、やっぱり帰る」帰る道すがら「わたしモデルか心理学者になりたい」とエリン。「わたしは作家に」とアグネス。「モデルがいいな。わたし美人?」「とても」アグネスの声はやさしい。「みんなと同じになりたくない。田舎町で結婚してガキができて、亭主は若い女と浮気して家出…。聞いてもいい? いつも女が好きなの?」エリンの質問に「女の子とつきあったことない。キスされたのもあれが初めて」エリンはいきなり「行こう、ストックホルムへ。大きな街ならそんな子もいっぱいいる」これ、エリンの友情というべきなのですかね▼ヒッチハイクで行こうと車を止め「わたしたちどう考えてもクレージーよ。でも最高にクールよ」エリンはアグネスを抱きしめる。うって変わった情熱的なキスに運転するおじさんはびっくり。「お前たちなにするつもりだ、降りろ」。エリンは夢を見る。アグネスが頬ずりしている。とても気持ちがいい、というところで姉に揺り起こされた。「どうしたの」「悪い夢よ」「そうは見えなかったわ。声が」「どんな」「こんな、うう~ん。感じていたわ」笑いますけどね。こういうエピソードが面白いのです。エリンはアグネスに会おうとするたびジャマが入り約束の電話ができない。アグネスは失望しエリンから遠ざかる。エリンはなりゆきでなんとも思っていないヨハンと初体験。姉が興味しんしん「どうだった?」「5秒で終わったわ」。姉のつきあっているボーイフレンドが女をバカにし心理学者になりたいというエリンの夢にも「お前みたいなアホになれるか」エリンはむかつく。自分を認めてくれたアグネスとこの違い。おまけにヨハンは味方しなかった。一方的にエリンは男と別れる▼じっくり周辺整備してから監督はドラマを沸騰させにかかります。アグネスがレズであるといいふらす級友たち。ロッカーのドアには悪質な落書き。廊下でまちかまえて侮蔑の言葉を投げる男子生徒ら。家ではアグネスの幼い弟が「ママ、レズってなに?」ときく。「女が女を好きになることもあるの」「病気なの」「いいえ。どこも悪くないわ」「友達に聞いた。お姉ちゃんがレズだって」ママは言葉につまる。エリンも母親にこう言っていた。「ママ、わたしレズなンだ」ママは仰天し「冗談でしょ」「お姉ちゃんは感情的。わたしは世界でいちばんクール。同じパパの子?」。誤解を解こうとアグネスに近づいたエリンは衆人環視のなかで頬を張られる。背をむけたアグネスを追いかけエリンはトイレの個室に押し込める。トイレの外ではいつのまにか黒山の人だかり。エリンが新しい男と中にいる、だれだ、見せろ、ドアを開けろとやかましく騒ぎ立てる。エリンはアグネスをヒタと見つめ「わたしを好き? もしホントだったらわたしも同じよ」とうとう外の連中はわめきながらがんがんドアを叩き始めた。暴力的な騒乱に先生が駆けつける。アグネスは「いつまでも隠れておれないわ」「どうするの」「さっきのことホント?」「ええ」「うれしい」「わかった」エリンはこうなると強い。バンとドアを開けた。ひしめいていた人だかりは唖然・呆然・沈黙。エリンは晴れやかに「ハロー。わたしの新しいガールフレンドよ。道あけて。通りたいのよ」監督のメッセージはもう充分かと思います。彼女らは通りたい道を通ると決めたのです。本作を撮ったとき彼は29歳でした。思い切りのいい映画に拍手したいですね。

Pocket
LINEで送る