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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年3月25日

特集 LGBT-映画にみるゲイ68
小さな悪の華(1970年 ゲイ映画)

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監督 ジョエル・セリア
出演 カトリーヌ・ヴァジュネール/ジャンヌ・グーピル

この世の果てから来た船

ボードレールが例えた仲のいい姉妹「放蕩と死」にならえば、本作の仲のいい姉妹は「反逆と冒涜」か。主人公アンヌ(ジャンヌ・グーピル)とロール(カトリーヌ・ヴァジュネール)はカトリック系の女子寄宿学校で学ぶ友達同士。何不自由ない家庭に育ちながら謹厳で退屈な学校生活に嫌気がさし、シスターの目を盗んで発禁本を読む。ベッドにもぐりこんで懐中電灯の明かりで読む詩はこうだ。ちょっと長いが、早熟で思春期の少女が、背伸びするために好むのはこういう詩である。だれしも覚えがあろう。なにしろふたりは「悪いことが大好きで罪を犯すのが使命。善良なことは間抜けどもに任せ、わたしたちは身も心もサタンに捧げる」と誓い合っているのである。ませたクソガキどもの愛唱する詩とは「彼女は目の前に立っていた/わたしは恋人のように彼女の脚を開かせブラウスの上から体に触れた/彼女は身をのけぞらせ始めた」(どっちも夢中で頭をくっつけあって読んでいる)「眠りもせず体を寄せ合うふたり/翌日彼女にあい互いに赤面する/わたしたちは彼女の部屋に行き/毛布の下にもぐりこんだ/ほのかな光の中で頭を寄せ合う」(声が迫真してくる)「からめあった体は不思議な光を放ち、裸でいることに歓喜した/愛したのか愛されたのかそれはわからない」(ここでアンヌはガバッとロールの頭をおさえこみ、見回りにきたシスターをやりすごす)▼本作は「乙女の祈り」の姉妹版です。実際にあった事件がもとになっています。「乙女の」では同性愛の少女たちが自分たちを引き離そうとする母親を殺す、本作ではロールをレイプしようとした(誘惑したのはロールですが)ロリコン男をアンヌが撲殺し死体を湖に捨てるが刑事に感づかれ、犯人と暴かれる前に朗読会で詩を読みながら焼身自殺をする。悪と淫乱に魅せられる年頃だから、このふたりも悪ぶっているにすぎないと思えるのですが、だんだん行為がエスカレートしていくのは、アンヌは伯爵家の令嬢、使用人が何人もいてわがままし放題であること、ロールの家も裕福であり勉強さえしていればやかましいことをいわれない、とくにアンヌの両親は娘に無関心で、アンヌはロールがいないと寂しくて仕方ない。見方をかえると家庭や両親に恵まれていることがわからず、隙間や短所をほじくりだし何にでもむかつく世代が、ボードレールやランボーに自由への救済を求めたというのが精神的な背景だと思えます▼夏休みに入ってアンヌの両親は長期バカンスで家をあけることに。ワルガキふたりの悪行は〈秘密〉という強い連帯感で結ばれているだけにとどまるところを知らない。悪の快楽のなんと心地よいことよ、と酔いしれ残酷で危険な悪さをするためチエを働かす毎日。悪魔崇拝の儀式を屋敷の廃屋で執り行い(ママゴトみたいなものなのだけど)薄い白い揃いのドレスをまとったアンヌとロールは大真面目だ。硝子で指を傷つけ、互いの血をなめあいひとつになることを厳かに誓う。「キリストのすべてを棄て永遠にサタンに身を捧げる、我らを邪悪にせよ、悪の道に導き給え、死を迎えるときはその胸に抱き給え」。それはどんな具体的な行動かというと、ガス欠で立ち往生していた中年のおじさんを家にひきこみ、ブラジャーとパンティ一枚になって挑発、その気になったおじさんは殺されてしまうのだから気の毒。他にも脚を開いて牧童を誘惑し牛を囲いから放す、納屋に放火する、小鳥を絞め殺す、シスターたちがキスしていたと神父に告げ口する、やることがじつに悪意にみちていてとことん可愛げがない▼しかしである。いくら1970年代とはいえ、反逆だ、不道徳だと、この子らのやったことなんか、そうおおげさにいうべきことか。おじさんを殺してしまったことは事実だが、殴りでもしなければ猛り立ったおじさんの力にはかなうまい。放火というが自分の屋敷うちだ。執事か召使があわてて走ってくるのは目にみえている。シスターがキスした? 神父だって生徒の手前こわい顔できいているけど腹の中じゃ(ケッそんなことかよ)。牛を逃した? 牧童はクビかもしれんが牛は放っておいても帰ってきますよ。思いつめて焼身自殺せんでもいいだろ、と思うがやっちゃったのだから仕方ない。このあたりも十代の世間知らず独特の悲劇ですなあ。すべてはいずれ発覚すると覚悟したアンヌは、ロールを抱きしめやさしく言う「わたしたちは血と血をあわせて結ばれたのよ。はかない人生が終われば永遠にいっしょになれるわ」。彼女らは「君のささやかな欲望を満たすため、この世の果てからきた船」(ボードレール)に乗ったのだ。朗読会でふたりが暗誦した三つの詩は、最初がジェラール・フォルグの「哀れな若者の嘆き」、二番目と三番目がボードレールの「恋人たちの死」と「旅」。ここであらたまって触れていないが、彼女らを裏であやつっていたものはじつは詩なのだ。詩ってこわいものなのだ。古今東西、詩人とはペテン師同様、人をそそのかす存在だ。育ちがよくて世間を知らず、守られてばかりいて、エラソーにはするが人にだまされたこともない、それでいて教育を受け頭がよく、感受性の鋭い女の子がはまりこんだのがボードレールじゃ、そりゃ荒縄で縛りあげられたお姫様が荒くれ男の前に素っ裸で投げ出されたようなもので、いやはやどうしようもないよ。

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