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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年3月26日

特集 LGBT-映画にみるゲイ69
ピクニック at ハンギング・ロック(1975年 ゲイ映画)

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監督 ピーター・ウィアー
出演 レイチェル・ロバーツ/アン・ランバート

定められた場所

1900年2月14日バレンタインデーの日に、馬車でピクニックにでかけたハンギング・ロックで、全寮制名門女子学園の生徒3人と女教師が忽然と姿を消した。必死の捜索にもかかわらず行方不明のまま死亡と断定された、というオーストラリアのヴィクトリア州で実際にあった事件の映画化です。1900年といえば明治33年ですね。オーストラリアの独立1年前ですが、そういう時代背景は全然映画に影響を与えていない。まるでおとぎの国の幻をみるような映画です。全体の基調低音にながれる思春期の少女たちの独特のパステルカラーが美しい映像を作り出している。ピーター・ウィアーは、解決をみなかった事件を理屈で組み立てる愚を避けて、情況証拠を映像で追う方法に徹したみたいです。オープニングからしてこういう催眠術みたいなモノローグで始まるのです「見えるものも、わたしたちの姿も、ただの夢、夢の中の夢」▼直接的な、たとえばベッドシーンとかラブシーンは全然ないですが、そのじつ全編これ性的ムード満開。少女というとらえどころのない、揺らめきの時代がミステリアスをかきたてます。考えてみれば主人公の少女たちは日本で言えば中学生くらい。どうみても高校の低学年か。いわば食べ盛り、はしゃぎ盛り、箸が転んでもおかしい年頃の子供たちを謎に満ちた設定にした、だいたいこういうところに監督の罠みたいなものを感じません? それにのっけから読み上げられる詩。コレなんなのよ「会ってください/美しい人/高貴さゆえにあなたを愛す/深く輝く瞳/額の甘美な趣ゆえ/その高貴な物腰ゆえにあなたを愛す」だれか詩人の引用かと思ったらそうじゃなかった。そらそうね。こんな下手くそじゃ。まだ続くのだ「綿毛より柔らかく/空気より清らかで/美しいからでも/あなたの瞳に住むキューピッドのせいでもない/なぜだかわかるでしょう/あなたがわたしを愛しているせい」▼こういうナルシズムを億面もなく書きつけるのが少女期というものなのでしょうか。シーンは金髪の美少女ミランダ(アン・ランバート)の寝姿から始まりまして、同室のセーラが窓辺にたち微笑を浮かべてミランダを振り返る。典型的なレスビアニズムふうシーンですね。セーラにとってミランダは最愛の人なのだ。ミランダもそれを知っている。彼女はブロンドの髪を梳きながらやさしくセーラに話しかける。「セーラ。いつかわたしの家にいらっしゃいね。クインズランドへ。わたしの楽しい家族に会ってね。わたし以外の人を愛さなければ。わたしはもうここに長くはいないわ」映画の後半彼女の言葉がまるで予言だったことに思い当たります。ピクニック先での昼食。それがすむと水辺のほとりの草むらに足をのばし、友人の下肢に頭をのせて午睡したりしている。不思議なことにだれの時計も正午で止まってしまったのだ。マクロウ先生は磁気のせいだろうと落ち着いていたが。ミランダとイディスとアーマとマリオンは、岩面を観察したいと引率のマクロウ先生に申し出、許可をもらって岩山に登る。ハンキング・ロックとよばれる岩場は100万年前火山の噴火によって露出した約150メートルの岩場で、頂上は空に突き出た尖塔のような鋭い岩盤でできている。尖塔に近づけば近づくほど、岩壁に黒い裂け目が口をあけていた。ミランダを先頭に少女たちは手をつないで登っていく。セーラの話題が出る。ミランダのことを詩にしているとひとりがからかうように言うが、ミランダはセーラが「孤児なのよ」といたわりをみせて言う。岩壁には黒い裂け目が穿たれている。下をみると同級生たちがのんびりと草むらで休憩しているのが小さく見える。だれかが言う「あの人たちは何をしているの。まるでアリよ。たぶんあの人たち自分にもわからない目的を果たしているのよ」。ミランダは「ものごとはみな定められた時と場所で始まり、終わるの」。まったく前後の脈絡のない詩の一行のようなセリフである。ミランダたちは岩の下で横たわり休憩する。まどろむ少女たちの素足にアリが寄ってくる。ミランダが目をさまし立ち上がる。イディスが「気分が悪い、もう帰ろう」と言い出すがだれも振り向かない。ソックスを脱ぎ、靴を脱ぎ、素足になって黙々と歩き出し岩の裂け目に吸い込まれた。イディスは絶叫する▼いらいらと帰りを待つ校長先生(レイチェル・ロバーツ)に第一報がもたらされたのは夜の10時半だ。傷だらけでイディスが泣き叫びながら山を降りてきて3人はまだ岩山にいると言った、イディスが駆け下りてきたときマクロウ先生とすれちがった、先生はスカートをはいておらず下着姿だった! 彼女もまた帰らなくなった。ピクニックの日に彼女らをみかけた青年がどうにも気になり独自で追跡した。彼は一晩帰らず、捜索隊が彼をみつけたとき、レースのふち飾りを手にしていた。少女たちの制服のものだった。さらにあたりが探索され岩の裂け目の暗闇に倒れているアーマを発見した。すわ、と捜査隊は色めき立ったが結局ミランダとマリオンとマクロウ先生はみつからず死亡と断定、捜査は打ち切られた▼授業料の滞納で学校から去るセーラは自殺した。彼女は「ミランダは知っていたわ。秘密を。もうもどらないことも」と謎の言葉を残した。この事件で学校は退職者と生徒の帰郷があいついで閉鎖になり、校長はある日岩場から転落して死んだ。なにもかも不明のまま事件は打ち切りだ。ふうん。ハンギング・ロックはいまでいう強力なパワースポットで、彼女らは三次元と四次元の端境に吸い込まれたのか。ワケわからんことをいくら考えてもわからんな。それよりニンフのような少女たちが発散する気だるいエロティシズム、たゆたう午後の眠り、立ち止まった時間(おそらく解決の鍵は停止した時間にあると思うが)、繰り返し映しだされる目もくらむ猛々しい尖塔の性的暗喩。天使のような少女たちの素足に這い登るアリ。このアリは欲望の象徴ですね。もちろんそうとハッキリいえない監督がアリで示しているのですよ。「ものごとはすべて定められた時と場所で始まり終わる」たとえ神かくしでも強姦でも、か。もういい。本件はこれにて終了としようっと。

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