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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2014年4月8日

特集 LGBT-映画にみるゲイ8
2ギャラリー 欲望の画廊(2009年 ゲイ映画)

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監督 ダンカン ウォード
出演 アラン・カミング/ヘザー・グラハム/サイモン・マクバーニー/アマンダ・サイフリッド

箱庭の擬似世界 

 こういう気の抜けたゲイの映画もあるのね。確かにゲイが主題ではないし群像劇という性格上、あれもこれもと混線しがちになるのはわかるけど、そんな甘いこと言っていたら「今宵、フィッツジェラルド劇場で」とか「あの日、欲望の大地で」とかの群像劇の佳品はどうなるのよ。比べ物にならないわ。本作で登場するどの人物も、彫込が浅くて(あ、そう。あ、そう)と言っている間に映画が終わっちゃう▼例えばアマンダ・サイフリッドは美術商の秘書みたいなことやっていて、そこに出入りする美術収集家と交際する。原因不明でアマンダが倒れ収集家が病院にかつぎこんだところアマンダから「双子の片方」という肉塊が摘出される。美術収集家はそれを硝子のケースにいれアマンダにプレゼントする。なんなの、このオッサン。悪趣味というにもホドがあるでしょう。彼は彼で独立した女性画廊オーナーのパトロンなのよ。それにね、アマンダはまったくのちょい役で、クレジットの扱いも下から数えて何番だったわ。本人はそういう扱いを納得して出演したのだろうけど、映画そのものに力がないから女優としてもまったくのヘタレに終わっている。たとえばカリン・クマサ監督の「ジェニファーズ・ボディ」だとか、キャサリン・ハードウィック監督の「赤ずきん」だと、内容は荒唐無稽であっても、アマンダという女優をこき使い、彼女の個性とか美しさにピントを合わせて逃さなかったのね。女優としてどっちが幸せなのか、聞くまでもないでしょ▼もうひとつびっくりしたのは、モンドリアンの画を、売る・売らないでもめている老富豪夫婦の屋敷に勤める執事がサイモン・マクバーニーなのよ。ついでにいうと老富豪はクリストファー・リーね。サイモンという人、村上春樹や谷崎潤一郎をイギリスで上演した演出家です。日本への造詣も深い。本作でもクセのある執事を巧みに演じ、富豪が葉巻を絨毯に落として火災を起こし、焼死するのを見殺しにするや、自分はちゃっかり富豪夫人と別天地へ移り住むというブラックぶりをふりまいている。ヘザー・グラハムは美術界の大物画商のもとに勤続5年、独立宣言してオーナーから「恩知らず」と罵られようと屁の河童、愛人もパトロンも得て順風にスタートしたところ、セルフポートレイトとしていつも自分を写してカメラを回しているビアンのアーティストと深い仲になり、ベッドの一部始終が公開される。恋人の父親がそれを見て「ポルノだ」と激昂する。無理ないな。なんだってこんな映画になったのだろう。役者がもったいないわ。スクリーンでくりひろげられるのはあちこちの不倫だとか、浮気だとか、そんなことばかりだ。映画は新聞の「人生相談」ではない。毎日世間でいやというほど展開されている日常性をそのままスクリーンに移植しておもしろいか▼シャーロット・ランプリングまで出演しているじゃないの。彼女は弁護士。ジリアン・アンダーソン扮する美術収集家の有閑マダムの友人だ。自身が離婚3回を経験し離婚裁判なら任せなさいというやり手弁護士である。ランプリングはこれみよがしに大げさな演技でトーンを盛り上げ、ゴシップ大好きのおばちゃん弁護士を演じた。登場するゲイはあと美術界の大物画商がじつはゲイだったというおちと、アート業界で成功を夢見る男デューイに扮したアラン・カミング。彼はバイを公表していますね。デューイはなにをやってもうまくいかず、とうとう飛び降り自殺する。本作に登場するゲイを含めた人物すべてに、情感のこめられていないことが映画を脆弱なものにしている▼家計が逼迫しているから秘蔵のモンドリアンを売らなくちゃいけないという富豪の奥さんも、その絵をモノにしたい画商も、サクセスへの上昇志向限りない女性経営者も、だれも本気で怒ったり泣いたり、嘆いたり、裏切ったり、失望したり、喜んだり愛し合ったり、だれかを大切にしたり、憎んだり、欲望したりしていない。人工の箱庭のなかの擬似世界が演じられているように見える。

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