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シネマ365日

2014年4月10日

特集「無口が似合う女」 エマニュエル・ベアール かげろう (2003年 恋愛映画)

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監督 アンドレ・テシネ
出演 エマニュエル・ベアール/ギャスパー・ウリエル

沈黙の背中

 エマニュエル・ベアールの代表作の一本に「美しき諍い女」があります。4時間の長尺をほとんどオールヌードで通したのがベアール。当時28歳でした。ジェーン・バーキンとかミシェル・ピコリとか、フランス映画界のベテランにまじり、ニコリともしないで裸でいるモデルの役が印象的でしてね、そのときから彼女、他の俳優に比べてあまりモノいわなかったと思うのです。彼女を使う監督はベアールを饒舌にさせるより(ジーッ)となにかを見つめさせるほうが好きみたい。クロード・シャブロル(「主婦マリーがしたこと」「ボヴァリー夫人」)なんか、彼のミューズになったイザベル・ユペールには、わりとしゃべらせているのですが、たとえば「愛の地獄」に出たときのベアールは、映画の後半になるとほとんど沈黙。まあ役柄がサイコな夫に殺されかける妻だから、陽気にペチャクチャ言っておれなかったのは無理ないのですけどね▼「8人の女たち」の曲者女優のなかでベアールのセリフがいちばん少なかった。だれかになにか話しかけられても最小限の受け答えか無視する。そのとき目が「キラッ」と光る。ちょっとめくれた厚めの唇は閉じられたまま。それなのにいつもなにかいいたそうに薄く開かれているようにみえる。「恍惚」では夫の浮気疑惑をつきとめたいファニー・アルダンに、でたらめの報告をして金をまきあげる娼婦。その報告シーンも棒読み一歩手前まで感情が抑制されている。このベアールにくらべたらタカビー名うてのカトリーヌ・ドヌーブさえ愛嬌があると思えるほど、ベアールの無表情は鉄仮面も顔負けである▼さてそういう前段をふまえて本作「かげろう」です。劇中ヒロインのオディール(エマニュエル・ベアール)に、イヴァン(ギャスパー・ウリエル)が「あ、やっと笑ったね」うれしそうにいうシーンがあります。ベアールの鉄仮面はスクリーンでも極め付けか(笑)▼時代は1940年6月。ドイツ軍がパリに侵攻し夫が戦死した教師オディールは、13歳の息子フィリップと7歳の娘カティを連れて南仏への避難民のなかにいる。機上掃射にあい、逃げ惑う息子を17歳のイヴァンが助けてくれる。彼の機敏な行動で危機を逃れた母と子供は、森のなかの幻想のような典雅で広大な無人の屋敷にたどりつく。世間と隔絶する深い森でくりひろげられる運命的な出会いと決別…なんかヨーロッパ伝統の、とまでは大げさとしても、ジュリアン・デュヴィヴィエ(「わが青春のマリアンヌ」)ふうフランス映画のテイストか。イヴァンを警戒し無断で他人の家に滞在することに罪悪感を感じていたオディールも、イヴァンがせっせとウサギをしとめたり、魚を釣ってきたり、息子と娘の遊び相手になっていたりするのをみて打ち解けてくる。イヴァンは身の上話をしない。戦死者の遺留品の拳銃を保持しているのをオディールは隠してしまった。彼が字を読めないことを知って、オディールは読み方書き方を教える。「同世代の女友だちは」とオディールが聞くと「興味ない。あんただけだ。妻になってくれ」オディールは息が止まる。「どうかしているわ。妻ですって?」「夫婦みたいに暮らすのさ。だれにも知られずに」「飲む気が失せたわ。頭がクラクラする。寝るわ」「一緒にいてくれ。怒るなよ、話し方を知らないだけだ」「怒っているわけじゃないの」「ボトルをあけよう。君の好きなようにするよ」テシネ監督はこのあたりから一挙に、それまでアンダンテで進めてきたきれいな、きれいすぎるくらいきれいに構成した映像を、彼がいつも自分の映画の背骨とする「一途な愛」に引きずり込みます。みかけによらぬ豪腕というか、唐突な変調でゆるやかな落ち着いた旋律は不安な不協和音を奏で、人物たちは内面に嫉妬、疑惑、裏切り、強姦、暴力、逃走の兆しをかきたてられる▼イヴァンとたった一度の交情は、堰を切ったような激しさでオディールのほうから求めるのですが、イヴァンはライターでオディールの裸身を照らし「女の裸は初めてだから」と珍しそうなのです。ということは男の裸なら知っているのですね。このわけがあとでわかります。でもここちょっとツブシですね。いくら17歳で経験不足だといっても、燃える女とあの最中に、いちいち細部点検なんてするでしょうか。テシネはときどき冷めた男の常なのか、ワケわからん興ざめなことをします。ラスト。イヴァンの最期を警官から聞いたオディールは黙って腰をおろす。その背中をカメラは映します。沈黙した女のセリフ無しのカット。わずか数秒ですが長く感じます。テシネ監督は「深夜カフェのピエール」でベアールと組みました。このときも主人公は17歳の少年で、ベアールは少年が恋する影のある娼婦。歌手になる夢がはたせなかった娼婦は、愛を交わした少年に歌をうたってきかせる。黙ってなにかを分け与える、そんな役がベアールに似あっていることを、テシネはよくわかっていたのですね、うん。

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