女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

シネマ365日

2014年4月11日

特集「無口が似合う女」 エマニュエル・ベアール ボディクライム 誘惑する女 (2006年 サスペンス映画)

Pocket
LINEで送る

監督 マニュエル・プラダル
出演 エマニュエル・ベアール/ハーヴェイ・カイテル

ハーヴェイ・カイテル

 男は九死に一生を得て女の前に姿を現す。死んだはずの男が生きていることを、女はニューヨークの空に飛ぶブーメランで知った。女は男に直接手を下したわけではないが、それに等しい。恋人を使嗾して殺人に走らせたのは自分だからだ。男(ロジャー)にハーヴェイ・カイテル。女(アリス)にエマニュエル・ベアール。ベアールが陰影の濃い気だるい女を好演した。受けに回ったハーヴェイ・カイテルが圧巻だった。若くない女と初老の男。どちらも貧しい。女は裁判所から120時間の地域奉仕活動を命じられ、公園のホームレスにスープを配るボランティアをしている。男は自称「ワルの運転手」。このときベアールは43歳、カイテルは66歳だった。彼らのそれぞれの家はニューヨークのブルックリアンにある。町の隅っこの狭い薄汚いアパートに住み、油臭い男と汗くさい女のその日暮らしと言っていい。希望にあふれた青春もなく、結婚したのかしなかったのか、ジグザグだった生きる過程で幸福感は消えていった。とにかく今は独りだ。食べていくのが精一杯の暮らしだったのだろう。そんな人生の背景を43歳のベアールと66歳のカイテルは絵に描いたように浮かび上がらせる▼アリスにはアパートの向かいの部屋に住むヴィンセントという年下の恋人がいる。片思いである。3年前ヴィンセントが仕事から帰ると妻が殺害されていた。帰宅直前にすれちがったタクシー運転手が容疑者とされたが、結局犯人は不明のまま。ヴィンセントは自分の殻に閉じこもったまま世間にでようとしない。アリスは妻殺しを解決しないかぎり、ヴィンセントは再起できないと判断し、犯人をでっちあげることにする。偶然乗り合わせたタクシーの運転手ロジャーにアリスは近づく。誘惑する女になる。なにもしらないロジャーは初めて乗せた客アリスに「君の目には悲しみが刻まれている」などという。アリスはこの男をはめようと思っているから、ほとんど無言の受け答えに押し隠した暗いエロチシズムがただよう。地下鉄(ニューヨークの地下鉄は地上を走る)が通るたびガタガタする部屋。服を脱いで見つめ合う、猜疑すら浮かべた男と女の目。彼らのセックスに交わす言葉はない▼自分の人生に不意に舞い降りた天使のようにロジャーはアリスを愛する。のぼせあがった若い男の情熱ではない。女の裏も表も手管も知っている。アリスにもそれはあるだろう。むしろそれが自然ではないか。だれしも人は無傷で生きることはできない。幸運だけで100%、不運だけで100%の人生などない。それなりの年になった男にも女にも、人にいいたくない経験のひとつやふたつはある。触れられたくない、だれにも深入りさせたくない傷のひとつやふたつはある。ロジャーの甘くないが軽くない、まして嘘ではない愛情は薄い刃のようにアリスの心にすべりこんでいき、アリスはロジャーの本気にうたれていく。その一方でアリスの思惑通りヴィンセントはロジャーを犯人と信じ復讐を図っていた。アリスは自分が描いた絵にもかかわらず、ヴィンセントが待つ地下のバーで、用件をすませようとしたロジャーをひきとめる。今日はこのまま家に帰ろう、いかないでくれと頼む。すぐすむことだからちょっと待っていろとロジャーは気軽に入っていく。ロジャーが妻を殺したと信じるヴィンセントは理由もいわず仲間をたのんでロジャーを暴行し、気絶させてロジャーのタクシーにのせるとハドソン川に沈める。これで胸のつかえがおりた、後顧の憂いなく君を受け入れ新しい人生に出発すると、ヴィンセントとアリスは同棲する▼ヴィンセントの性格設定ときたら、最愛の妻が殺されたからとはいえ、ここまで社会人脱落を決め込んでいいものなのか。それをストーカーのように追いかけまわしているアリスも(あなた大丈夫?)と言いたくなる。たくましく自活している大人はロジャーだけではないか。アリスはそこに気がついている。ロジャーを殺そうとする自分はまちがっているどころか、強いまともな男といっしょに生きるべきではないか(女のエゴもかなりのものだが)だから必死にこのまま帰ろうと言ったのだが最悪の事態になった。ロジャーは車から脱出しアリスの前に姿を現す。唯一の趣味であるブーメランで生きていることを予告して。「俺が生きていてうれしくなさそうだな」とロジャーはいう。「おれが沈む車の中でなにを思ったと思う。臭い冷たい水のことでもない、死ぬことでもない、もう君に会えないと…」アリスは狂ったようにロジャーと抱き合う。ロジャーに聞く。「なにが望みなの」「始めたことを続けたいだけだ。地獄から始まった愛でももっと欲しい。愛している。苦しいほど」自分を殺そうとした女をロジャーは憎めない。そんなロジャーに対しアリスは耐え切れなくなる。彼女は最後のセックスのあと、車で眠るロジャーの裸の胸に鉄棒を突き刺し殺すのだ▼「タクシー運転手遺体で発見」という記事を読んでヴィンセントはロジャーが川で死んでいなかったことがわかる。でも生き返ったロジャーがなにをしたのかはわからない。アリスはもちろん始めから緘黙である。ブルックリンの街角で待ち合わせたふたりは、何事もないように夕暮れのニューヨークの雑踏にまぎれていく。あの殺人者同士は一生ロジャーの影を背負って生きていくのだ。だれも裁かなかった犯罪が後ろ姿にどす黒くのしかかっている。フランス人のマニュエル・プラダル監督の映画は本作しかみていませんが、とてもいいセンスです。

Pocket
LINEで送る