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シネマ365日

2014年4月13日

特集「無口が似合う女」 エマニュエル・ベアール ラヴァーズ・アゲイン (2010年 恋愛映画)

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監督 ミカエル・コーエン
出演 エマニュエル・ベアール/ミカエル・コーエン

失活したエロチシズム 

 確かにね、つまらないといえばつまらないのですけどね。登場人物はほぼ二人だけ。女の名はガブリエル(エマニュエル・ベアール)。男はジャン(ミカエル・コーエン)。オープニングは夜明けのパリです。ジャンがカフェで初めてみたガブリエルはレモンを齧る女。前歯で小さく皮を剥ぎ果肉に歯をたてる。言葉を交わすようになって「何にする」とジャンがきくと「ビール」「ぼくはワイン」ガブリエルはそれからも飲むものはいつもビール▼彼らはトイレでヤリすぎて「ここはホテルじゃないぞ」カフェの店主から追い出される。男は女の職場にまで行く。仕事は詳しくはわからないが、起業のコンサルみたいなことらしい。オフィスのテーブルでもどこでも二人になりさえすればたちまち、という感じでまったく見境がない。女の家にきたら7~8歳くらいの息子がひとり、犬と猫がいる。男は息子と仲良くなり公園で卓球するが、自分に子供の世話をさせておいてガブリエルはほかの男と親しげに話している。「3時間も!」とジャンは怒り、そんなことで怒るなら「別れる」と女はさっさと去る。また仲直りする。せっせとセックスに励む。男の仕事はガイド本のライターで、パリ市内のカフェの日照時間を調べているらしい。ある日女は「もうやめたい。わたしたちはまりすぎている」「別れるということか」と男。「そうよ」▼こういう会話が10分か15分おきに出てくる。つまり彼らはケンカしては仲直りし、元の鞘に収まってはまた別れ話になる、それを繰り返しています。セックスの相性もよくて、一瞬だけどベアールのオール・ヌードが映ります。彼女はこのとき48歳ですけど、毎日どんなことやっているのか、とてもきれいでしたよ。ミカエル・コーエン監督とは実生活でも夫婦です。「輝ける女たち」で共演したあと2年ほどつきあって結婚しました。ミカエルにとっては初監督作品になります。初監督によくある、主演女優は妻というあのケースですね。当たるかどうか白紙の新人監督にお金をだすプロデューサーはなかなかおらず、出演者をきりつめギャラをきりつめ、セットは簡便にしてお金をかけず、できればロケを多用する。ともかく、別れ話のくりごとばかり続くので、いったいこの映画最後はどうなるのだろうと途中で思い始める。二人のケンカはだんだん派手に、とうとう暴力沙汰になり警官がかけつけ留置場に。ガブリエルが告訴しないと言ったので出てこられたジャンとふたりで夜明けの街を、手をつないで帰る。このあたりからアクビがでる観客もおられると思います▼いよいよラスト近くなってガブリエルが言うのです「努力したけどダメだった」ジャンは「君なしじゃぼくは無力だ。なにも感じない。寝ても覚めてもこわい」「あなたの愛は子供じみているわ。現実の苦しい愛じゃない。あなたの愛情は要らない。この家はまるで待合室ね。植物も動物もいない」「ペットは嫌いだ。君はぼくの全てだ」「黙って」「だれも愛さない、君以外は」意味があるようなないような問答の結果、女は出ていきます。男は二階の窓から女を見送る。街は青い夜明けである。男は女の後ろ姿をじっとみている▼つまらん、つまらん、といいながらここまで見てきたのはどこか捨てきれない味がこの映画にありましてね。なんというか…現実の愛情のあるべき姿というか。恋愛を維持させるために必要な障害とか摩擦ってあるでしょ。小説に例えをとるならエリック・シーゲルが「ラブ・ストーリー」を書いてヒロインの愛を完全に成り立たせるには25歳で死なせるしかなかった。ロミオとジュリエットも10代で早々と死ぬ。まったき愛は死というピリオドを打たねば、性愛の高揚はいつか日常生活のなかでくりかえされるごとに退屈なものになり「あなたなしで生きていけな」かったはずの愛は、眠気に勝てないアクビのでるものになっている。この二人が「こわい、こわい」と言っている本当のこわさとはそれだと思うのよね。だから自分たちの最高のエロスの高みにいた愛が破滅しないうちに「別れる」「別れよう」とさかんにいうが踏ン切りがつかない。別れた女が一年ぶりかくらいで、いきなり男の部屋に姿を現すところから映画は始まるのですが「ここへ来た本当の理由」は「会いたかったから」とガブリエルは言います。やっぱり男のことが好きである。しかし愛の「なれの果て」に行きつきたくはない。女は出ていきます▼でも現実の愛情ってこんなものじゃないでしょうか。生活にすりへり、失活したエロチシズムの代わりに愛はちがう形をとっていく。愛もまた変容する。どんな形かは人それぞれだが。愛とは(これ、字義通りの漢字の解釈ですが)家から出て行く人の後ろ姿を門に立って見送る。去っていく人物は何度もふりかって門に立つ人をみる。それを「愛」の字としたそうです。白川静博士によればね。わかるのだ。女が出て行った。男はじっと出て行ったドアをみている。閉じられたドアが今にも開いて女が帰ってくるような気がする。それが1時間前に閉じられたドアか、1年前か、3年前か、それは知らないが。心が残る。いっしょにいたい。離れていたくない。心が残るというより消しようのない何かに愛は変容していく。ミカエル・コーエンって、うまく処理できたとはいえなかったとしても、自分のいいたかった愛の形には肉薄しているよね。見終わったら意外と力のある映画だったと思えます。

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