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シネマ365日

2014年4月20日

ヒトラー最期の12日間 (2005年 事実に基づいた映画)

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監督 オリバー・ヒルシュピーゲル
出演 ブルーノ・ガンツ/アレクサンドラ・マリア・ララ

真空の闇 

 この映画をヒトラー、第二次世界大戦、ホロコーストという歴史的な大きな問題からみると、どこから手をつけていいのか途方に暮れてしまう。とりあえず部分的な感想という場所からスタートします。本作はヒトラー(ブルーノ・ガンツ)の自殺とドイツの降伏に至るまでの12日間を秘書のユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)の証言をもとに映画化した。ヒトラーの死の準備というのが異常なほど入念だ。日本人なら「腹を切る、介錯せよ」で終りのところを155分かけてスクリーンにえぐりだすのだ。ミヒャエル・ハネケの「セブンス・コンチネント」を思い出したわ。一家心中すると決めた家族が何年も長い時間をかけて身辺整理し、手順を整え家財道具を処分し会うべき人に会う。その行動が徹底している。レコードは一枚ずつ丁寧に割り、壁紙は破り、家屋家財を破壊し、使わなくなった紙幣をハサミで刻んでトイレに流し、というふうに逐一ハネケは映していくでしょ。淡白な日本人には真似できない徹底した感覚は、単に監督のキャラなのか、それともドイツ人が先祖伝来備えているものなのか、どっちかわからないけど▼ベルリン陥落を前にヒトラーの指示は支離滅裂になる。映画によればヒトラーは、愚かな閣僚たちが国をめちゃくちゃにしたとヒステリーを起こす。よくあることね。会社が左前になると「お前たちが無能だから」と役員幹部のせいにする社長と同じだわ。大幹部だってヒトラー暗殺計画を立てていたのですからね、どっちもどっちよ。一日も早く降伏するべきなのにヒトラーは長い遺言をタイプさせたり、自分の死に方にこだわり、と思えば急に元気になって巻き返し作戦を指示したり(戦闘能力のある軍隊はもはや残っていないにもかかわらず)完全にずれている。怖いのは将校も秘書もヒトラーが「逃げろ」と言っているのに「いいえ、総督と最後まで残ります」と言い、酒を飲んで踊ってどんちゃん騒ぎするのね。思考麻痺ですね。ある閣僚が「せめて国民は(死の運命から)ご容赦を」と願うと、ヒトラーは「彼らが自分で選んだ運命だろう、自業自得だ」なんて言うし「戦時に市民は存在しない」と断言する。ひどい、と思うけど彼なりの論拠としては、発足当初弱小政党だったナチがぐんぐん巨大化して権力を握ったのは選挙に勝ってきたからだ、選挙で選ばれたというのは国民の意志だったわけだから「彼らが自分で選んだ」と言う理屈です(だから選挙は恐いな)▼ヒトラーの演説上手が国民の心をつかんだのは事実だ。演説の時刻まで決めていた。それは夕方。夕方になれば一日の疲れで思考力は弱まり、脳は人のいうことをスンナリ受け入れやすい状態になっているからだそうだ。会議をわざわざ夜や夕方にする社長もヒトラー的マインドコントロールを狙っているのかな。もうひとつ当時ドイツは第一次世界大戦に敗戦し、ヨーロッパで袋叩きにされた。「お前らは負けたのだ、文句あるか」という、一方的で過酷な賠償金や領土割譲を飲み込まねばならなかった。屈辱に国民は腹の底から煮えくり返っていた。敗者は敗者だとしても、一寸の虫にも五分の魂よね。遺恨骨髄になるまで、あんまり無茶苦茶なことをするものじゃないと思うな。案の定このときこりかたまった怨嗟はヒトラーというモンスターに姿を変えてしまった。彼は確かに演説上手だったかもしれないが、それに煽られる火種は充分下地としてあったのだ。それと世界恐慌の不景気でだれも生活が苦しかった。そんな時代に比較的裕福だったのは金融業界などで力を発揮した、ビジネス達人のユダヤ人だった。自分らは貧しい暮らしを余儀なくさせられているのに、あいつらユダヤ人は金持ちでうまいもの食っている、貧乏はあいつらの陰謀だ、などとんでもない理由が、まるでビッグバンを生んだ元素と元素の結合みたいに、とてつもない力を途方もない方向に生じさせたのではないか▼秘書の証言を元にして、と先述したけど、この証言もどこまで信用してよいのやら。冒頭とエンドに彼女はヒトラーのことを「あんな怪物だとは知らなかった」「もっとよく目を見開いているべきだった」と言うのだけど、当時は心底ヒトラーに心酔して彼の死を見届けているのだから、この証言は、ヒトラーのことをよく言おうものならどんな目にあうかわかったものじゃない、そんな時代になったときの後出しジャンケンみたいなものでしょう。国も国民も終戦の幕引きもそっちのけで、自分の死ぬ計画ばかり心配しているヒトラーは、腰は曲がり夜も眠れずどっさり薬を飲んでときどき我にかえったように怒鳴り、それを聞いた閣僚は「弱っていた気力を取りなおされたのかも」なんて言う。つくづくこの映画疲れる。ヒトラーの性格を寸描したクロッキーのなかで、いちばんよくわかる線描はやはりエヴァ・ブラウンだろう。自殺の一日前にヒトラーはエヴァと結婚した。エヴァはユンゲに言う「夫とはいっしょになってもう15年よ。でも彼のことはなにもわかっていない。話はするのに。追ってきたら彼は変わっていた。犬と菜食の話ばかり。憎らしいブロンディ(シェパードの名前)。あの犬を蹴るとアドルフ(=ヒトラー)は異変に気づくのよ。彼という内面は謎だわ。お願い。逃げ延びて。約束よ。この毛皮を持っていきなさい」映画を見終わって思考力が届くのはここまでくらいのものだ。その向こうには黒い真空が広がっている。

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