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シネマ365日

2014年4月28日

あなたになら言える秘密のこと (2005年 シリアスな映画)

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監督 イザベル・コイシェ
出演 サラ・ポーリー/ティム・ロビンス/ハヴィエル・カマラ/ジュリー・クリスティ

無に取り囲まれた場所 

 この映画の主人公は荒れた冬の海に廃墟となって建つ人工の島・石油掘削所だな。イザベル・コイシェ監督は十数年前、チリの海に浮かぶ石油掘削所を見たときいつかこれを映画化したい、そこは「周りを無に取り囲まれた場所」だったと表現した。それ以上にこの映画を理解する言葉はないと思える。そこはハンナ(サラ・ポーリー)の現在の内面の風景であり、彼女の過去の風景であり、未来の風景なのだ。慰めも優しさも明るさも希望もない海の荒野。高い鉄柵の上にはかなげに造られた観測所。永遠に絶えることのない波音。長い骨のような橋梁に打ち寄せる波と風と雨の風景。この映画にはおだやかな暖かい太陽が照らす日差しもなければそよ風もなかった▼ハンナはクロアチア難民だ。小さな女の子の声でナレーションが流れる。この子が映画の大事な伏線になる。その背後にはクロアチアの内戦、民族浄化の名のもとに行われた大量虐殺、何万人もの女性がレイプによって強制的に妊娠させられ、同時に収容された施設(この映画ではホテルとなっている)では同じクロアチアの兵士による虐待とリンチが常態化した。ハンナは拳銃の引鉄に指をあてさせられ、その上から兵士が引鉄をひき子供を殺させた。ハンナ自身の体は全身に百数箇所もナイフで傷を入れられ、塩を塗りこまれ縫い針で深く縫われた。その傷をまだ目のみえないジョゼフ(ティム・ロビンス)に触れされるシーンは、オープニングからずっとかかえてきたこの映画の「秘密」が明らかになるクライマックスだろう。しかし、だ。監督はハンナとジョセフがどちらもがつらい過去をかかえながらたどりついた愛に、再生を示したようにみえるが、ほんとうにそうか。ハンナの「周りを無に囲まれた場所」はまだまだ深く広いのではないか。そう思ってしまうのは、人が人生の目的とする幸福とか愛とか希望とかは、おめでたい一場の夢としかとらえようがない、とらえざるをえない、そんな虚空のような監督の視線が冷たく映画のすみずみにゆきわたっているからだ。まるで掘削所から見渡した四囲に、海しかなかった無の風景のように▼だからこの映画は愛による再生を描きながら、ひとつもロマンティックじゃない。ジョゼフは親友の妻を愛しそれを親友にうちあけたばかりに、親友は火事の炎のなかに身を投げて自殺した。ジョゼフの火傷はそのとき友人を救おうとして負ったものだ。彼には無二の親友を死においやったという負い目のもとに生きていくのだが、しかし、こういうのは独断にすぎるかもしれないが、監督がいわせるジョゼフのセリフは、あまりに他愛なくありふれていて凡庸で、およそ世間でいうロマンティックなものとはこんな程度のものだろうという監督の嘲笑を感じる。こういうセリフである「ぼくに同情などするな。君の同情を買うのがいちばんつらい。人は過去をどう背負えばつらい結末を、死を受けいれられる」歯が浮くわ。掘削所から病院への移送がきまり、ヘリコプターが迎えにくるとき「君もきてくれるか。ぼくの目が開くまで、手をとってそばにいてくれ」なんだかこれハンナの苛烈な体験に比べたら青春マンガのノリだと思わない。こんなセリフをぬけぬけいわせているところに、日常化した愛とかロマンとかいうものへの監督の、覚めた視線を感じるのよね▼監督のその部分を最もよく現す劇中の人物は、ジュリー・クリスティが演じるハンナの精神分析医インゲだろう。インゲがハンナのカウンセラーだったことをつきとめたジョゼフは、デンマークにインゲを訪ねる。インゲはハンナがジョゼフに過去を打ち明けたことを知り「信頼されたのね」という。字義通りうけとれば「信頼された」ことになるのだが、ジュリー・クリスティの声はどこか影を含み、ハンナにはだれにも告白できない秘密があることを暗示します。一生をハンナとともに生きていくというジョゼフに「戦争の難民とね。ロマンティックね。彼女に必要なのは一人になることよ」「彼女にはぼくが必要だ」インゲは黙って一本のビデオを差し出し「何百万人の虐殺があり、生き延びた人間はそれを恥として生きている」それがこのビデオに映っていると言うのですね。やむなき手段だったとはいえ、生き延びたことが負い目に、恥と感じてしまうような過酷な選択をハンナたちは強いられたに違いないのです。たとえば母親が娘を殺さざるを得なかったような、あるいは同胞を売り、裏切らねばならなかったような。ジョゼフはそれを見る勇気がなくインゲに押し返します。インゲはたぶん(あなたたちの愛とよぶものがいかにむごい犠牲と背中合わせになっているか)それこそがハンナのまだ打ち明けていない秘密、いくら幸福とか愛とかよばれるものがやってきても、打ち明けることすらできないつらい冷酷なもの、掘削所の周りにある無限の虚無のようなものがハンナにあることをいいたかったのでしょう。ラストでハンナの死んだ娘が「もう二度とここへはこない」と母親に別れを告げたところをみると、ハンナはやっと自分を許せるところまできたのでしょう。よかった、と思います。

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