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シネマ365日

2014年5月4日

特集「料理の映画」 最後の晩餐 (1973年 コメディ映画)

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監督 マルコ・フェレーリ
出演 マルチェロ・マストロウヤンニ/ミシェル・ピコリ/ウーゴ・トニャッティ/フィリップ・ノワレ

無意味の意味 

 名前をきいただけで胸騒ぎなするような曲者を揃えたマルコ・フェレーリ監督。なにを企んだのか。期待にたがわぬとんでもない映画になりました。ひとことでいうとこれまた〈男の悪ふざけ〉である。女はこんな映画をつくらない。というより思いつかない。だいたい料理と人生の絶望なんて絶対(といっていいくらい)女の脳内ではマッチングしない。おいしいものをいただけるとは幸福にあふれた時間であり、豪華な料理をぱくぱく平らげる健康と安心と平和に心満たされる。それに、なんですって、劇中男たちは平気でつくったごちそうを棄てたり皿ごと投げ出したりしている。こんな振る舞いは料理に対する冒涜である、と女は思う。パロディ、デガダンス、ペシミズムを山盛りにしたこの映画は、あまりの露悪・悪趣味ゆえパリの観客さえ途中で席を立ったといういわくつきだ。食べるという人間の本能を徹底的にブラックな笑いにした監督にルイス・ブニュエルがいますね。必ず邪魔が入って目の前の豪勢なフルコースにありつけない「ブルジョワジーの密かな愉しみ」がそれでした。本作では人生に絶望した、とDVDにありますが、絶望なんてそんなものじゃない、要は生命力が枯渇した男たちが、最後にやる気を起こした行為が「死ぬまでうまいものを食べまくる」という壮絶グロテスク計画だったのです▼その変態男たちに扮したのが、伊仏を代表する名優たちなのです。主役4人の名前が演者のファースト・ネームといっしょです。ミシェル(ピコリ)はテレビのアートディレクター。マルチェロ(マストロヤンニ)は国際線の機長。ウーゴ(トニャッティ)はレストランのオーナー・シェフ、フィリップ(ノワレ)は判事だ。彼らは妻や家族にいいわけしながらフィリップの別荘に集まる。トレーラーで運び込まれる食材は極上のマリネ向きイノシシ2頭、クーヴの森の香りがする優しい目をした子鹿2頭、自然の飼料で育ったホロホロ鳥120羽、オスの若鶏36羽、ひな鳥240羽、純真無垢な子羊5頭。最初の晩はポルノ写真のスライドを見ながら生ガキの早食い競争をする。翌日は別荘の庭に植えられた菩提樹に見学にきた中学生を引率する女性教師、アンドレアが晩餐に招かれ、娼婦3人と合流する。その日の料理は昼間から脂身と赤身の肉のソテーとライスにのせたモーツアルト風ロブスターである。4人の美食家の男と4人の女が食卓につく。鶏肉にうずら肉、豚肉が出る。つぎつぎ食卓に並ぶ料理にワイン、最初はみな舌を鳴らして食していたが腹は満腹になる。4人の男たちは料理を食べながら娼婦とアンドレアとセックスする。アンドレアを除いて男も女も「食べ疲れ」により一晩中吐いてしまう。食事とセックスの類似性は、やればやるほど疲れ最後は排出で終わることか。飽くことない一種の無限地獄ですな▼娼婦たちは異様さに恐れをなし、翌日早々に立ち去る。ひとり残った女はフィリップと婚約したアンドレアだ。ルノワールの絵から抜け出たような白い豊満な肉体。男たちはつぎつぎアンドレアと寝るがフィリップは干渉しようとしない。早い話、彼らは毎日大量の食事を食べ続けたあげく緩慢な自殺に至るのである。胃腸はくたびれて消化不良を起こしているが、それでも食卓に出る料理はプロバンス風焼きたてのピザ、トルテリーのキノコあえ。七面鳥に「詰め物がない」とマルチェロが文句をつけると、フィリップがすかさず「人生はからっぽさ」。監督のデカダンはまさに爛熟の極み。ミシェルはガスがたまり苦しんで、大きな音で屁をヒリながら食べ続ける。ついに倒れると「君はインドで飢餓に苦しんでいると想像しろ。したか。よし、それなら食べられるだろ」とウーゴが「消化をよくするピューレだ」と大きなスプーンで口に押し込む。拷問としか思えないがミシェルはつぎつぎ嚥下し、下痢の糞便にまみれて死ぬ▼マルチェロは「これは気違い沙汰」だとただ一人別荘から出ようとするが、お気に入りのブガティのハンドルを握ったまま吹雪のなかで凍死する。残る男はふたり、女はひとり。ウーゴはゆで卵の輪切りをきれいに貼り付けた壮大なモスクをつくり「ユダヤ人にとって卵は死の象徴だよ」という言葉を残し、とめどなくモスクを食べ続ける。アンドレアが「ウーゴが食べるのをやめさせて」とフィリップに頼んだときは虫の息。アンドレアの手でイカせてくれと頼み絶頂で息をひきとる。翌朝ただひとり残ったフィリップの前に、ふたつのお椀を伏せたような、おっぱい型のプリンをアンドレアが運んでくる。フィリップはもはや意識がもうろうとしているが、それでもスプーンでプリンをすくい、ほとんど食べ残したまま絶息。そこへトレーラーが到着し、超一級の肉を運びだす。アンドレアはそれらを庭においてくれと言う。男の遺体と涙を流す女、皮を剥かれたばかりの子牛や豚の肉が放置されたさむざむとした庭を映して映画はエンドだ。カンヌ国際映画祭審査員特別賞ですって。この映画に陶酔できるおめでたい審査員がいたのかよ。せいぜい無意味の意味を楽しんで。それにしても最初の晩餐の夜、牡蠣の殻からチュチュと舌を鳴らしてすする壮大な音、牡蠣殻でたちまち殻入れは山盛り、運び込まれる炙りたての肉からは香ばしい匂いがたちこめジューシーな汁がしたたるシーン、男たちのワイルドな食いっぷりが壮観でした。

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