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シネマ365日

2014年5月7日

特集「料理の映画」 恋人たちの食卓 (1994年 家族映画)

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監督 アン・リー
出演 ラン・シャン/ヤン・クイメイ/ウー・チェンリン/ワン・ユーウェン

家族解体と再出発

 次女の性格が好きだな。台北の一流ホテルの名シェフだった父チュ氏(ラン・シャン)に独身の娘が三人いる。長女(ヤン・クイメイ)は高校の化学の教師。次女(ウー・チェンリン)は航空会社のキャリア・ウーマン・時期アムステルダム支店長栄転を打診されるほど優秀だ。三女(ワン・ユーウェン)は大学生で、父親がシェフなのにファーストフード店でバイトしている。日曜の夕飯は必ず家族四人で食べるのがチュ家のルールだ。父はそのため朝早くから支度する。桶に泳ぐ鯉をザブッ。腕をつっこんでつかみ跳ねまわる魚をまな板に。ズラッと並んだピカピカの庖丁。目にもとまらぬ速さで鱗をはがし腹かっさばき、身を分ける。刺し身、切り身、粉をまぶし揚げる。マサカリのような庖丁、四角いまくらのような庖丁、ヤリのような庖丁が流麗にあやつられ、あっというまに鯉は姿を変えた。腕力と感性を研ぎ澄ました男のダイナモがみなぎるシーンだ▼そこへ電話。友人らしい。チュ氏は「昼食はすんだのか。ソバでもどうだ。あの魚もいいぞ。焼いたら味がだいなしだよ。蒸すのがいちばんだ。塩をかけたらダメだ。水気が抜けて身が固くなる。熱湯でさっと蒸して塩を散らし皿に盛る。今日がダメならいつがいい」。さて晩餐だ。大きな丸いテーブルに、これが家庭料理かと目が点になる豪華な夕食。フルコースどころか。父親が腕をふるった最高の晩餐に次女はスープを一口含んで言う。「味がうすいわ。お父さん舌が老化したのね」。父親は黙っている。内心そのとおりだと自覚する。次女の鋭敏な舌こそ父親譲りだ。彼女は料理が好きでコックになりたかった。でも父は「コックは女の仕事ではない」と職業にさせなかったのだ。だから次女と父親の間にほかの姉妹にはない特別な抵抗と緊張感がある。次女は恋人に父親との確執と愛情を「不思議ね、覚えているのは料理のことばかり」という言い方でしか言わない。「きょうは無性に料理が作りたいの」とこれでもかとつくりまくる日もある▼長女は学校の机にいつも置かれてあるラブレターが、ひそかに憧れている新任のバレーボールのコーチからだと胸をときめかす。三女はボーイフレンドとデートし、晩餐の席で「彼と暮らすわ。じつは子供ができたの」と爆弾発言。さっさと家を出る。長女のラブレターは生徒のいたずらだとわかり悔しくて泣きじゃくる長女をコーチがやさしくなぐさめ、ラブレター事件は意外な効果を生み、ふたりは接近。恋人のバイクにのって長女はこれまた家を出る。次女はアムステルダム転勤を断る。だれもいなくなった家で老いていく父の面倒を見るのは自分ひとりだからだ。父は隣家のシングルマザーの小学生の娘に毎日お弁当を作ってやる。とにかくこの人は料理を作りたくて仕方ないのだ。子供はちゃんとママにお弁当を持たされていくのだが、その弁当は「おじさんが食べるから、きみはこっちを食べなさい」と交換してしまう。蓋をあけると犬の餌みたいなおかずがつまっている弁当を、チェ氏はボソボソと食べ、娘が学校で開ける弁当はクラスの子供たちが群がり寄ってくるほどきれいでおいしそうなのだ▼アン・リーですからね。こまかいところにいっぱい、罠というと人聞きが悪いけど、それに近い仕掛けがこしらえてある。次女は転任してきたエリート社員が、姉を捨てた昔の男だと気づき腹立たしく詰問するが男は「?」よくよく話を聞いてみると、姉の妄想の作り話だったとか、本作はアン・リーが40歳の比較的初期の映画です、こういうときからアン・リーってすでに妄想好きなのよね。58歳になって、トラでひとあわふかせる映画なんて、撮るべくして撮ったってことよね。本作にも「こんちくしょう、やられた」っていうどんでん返しがあるわ。ヒントはおじさんが子供に作ってあげていたお弁当が縁結びになったってこと。本命は自分だと信じていた隣のおばさんが倒れちゃうの、無理ないわ(笑)。これによって次女は安心してアムステルダム赴任を決める。旅立つ日を前に、実家で次女は夕食に腕をふるう。父が戻ってきて二人で食卓を囲む。次女が作ったスープを一口、父は「この味は…そうだ、味覚が戻った」とつぶやく。家族の崩壊を予感させる前半。それぞれにちがう愛の形を構築して再出発する後半。後半は明るい着地点なのではあるけどほろ苦さがまじり、決して「甘くなんかしてやらん」といいたそうなアン・リーの視点を感じます。

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