女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

シネマ365日

2014年5月9日

特集「料理の映画」 大統領の料理人 (2012年 事実に基づく映画)

Pocket
LINEで送る

監督 クリスチャン・ヴァンサン
出演 カトリーヌ・フロ/ジャン・ドルメッソン

シンプルな料理・シンプルな生き方 

 大統領の専任料理人になったオルタンス・ラボリ(カトリーヌ・フロ)が、広いエリゼ宮(大統領官邸)で迷い、あちこちの広間に入るうち、ミッテラン大統領(ジャン・ドルメッソン)のいる部屋を覗いてしまう。無礼をわび退出しようとするオルタンスをよびとめ、大統領は「不慣れな官邸暮らしで困っていることはありませんか」と丁寧に尋ねる。オルタンスは、大統領はどんな料理が食べたいのかときく。大統領はきっぱり「わたしが官邸にきたとき砂糖のバラをちりばめたデザートが出た。見るのもぞっとして隅におしやった。どうかシンプルな料理を作ってください。技巧に走った料理は嫌いです。素材の味を楽しみたい。フランスの懐かしい味を食べさせてほしい」▼エルゼ宮に招聘されるまで、オルタンスが小さなレストランを開いていたのはペリゴールだ。フォアグラやトリュフといった美食食材の名産地である。彼女はそこで育ち「祖母や母が食べさせてくれた伝来の料理」を作ってきた。1970年、衰退しつつあったペリゴールのフォアグラ料理を復活させ、フォアグラを自宅農園で食するイベント「フォアグラ・ウィークエンド」を開催して大ヒット、「フォアグラの女王」と呼ばれる。郷土料理を教える料理学校を設立した。彼女の料理を食べた大統領の友人が、華美な官邸料理に辟易する大統領の意図を汲んで、専任シェフに推薦したのがオルタンスだった。ある日官僚が数人、ものものしくリムジン数台で迎えにきたもののオルタンスはエルゼ宮につくまで自分が呼ばれた目的を知らなかった。官僚たちの説明は「厨房で作る料理は1年に7万食。コックは24人。使っている鉄の鍋はルイ・フィリップ時代のもので毎日1時間磨く。スチーム・オーブンを使うときは白い手袋を」。オルタンスは「そんなことより大統領の好みを教えて」というが、彼らは肝心の料理を食べる人にはほとんど無関心なのだった▼迷い込んだ部屋で偶然始まった大統領とオルタンスの料理談義は、大統領がエルゼ宮を出発する時刻が逼迫しても終わらない。官僚たちがドアの外でやきもき、飛行機の出発を遅らせろ、列車を待たせろ、とあわてふためく。大統領はオルタンスに夢中で話す。「わたしは料理の本を読むのが大好きだった。子供時代に読んだ料理の本のレシピを暗誦している。ルーアンの小鴨のサプライズというのをご存知かな。料理の話なら何時間でもできる。わたしは大統領になるより料理人になったほうがよかった」オルタンスはそんな大統領が大好きになる。素材を活かした料理なら自分に仕入れを任せてほしいと頼む。「パザイヤック村では最高の鶏を育てています。リムーザン地方のクタンシーの牛肉は、マッサージされて最高、日本の神戸牛に匹敵します」大統領のツルの一声で従来の慣習は変わった。でもそれを苦々しく思う人たちもいた▼調理の手順を説明しながら自分に料理を教えてくれたおばあちゃんの癖を、オルタンスはそのまま受け継いだ。そのオルタンスの癖がうつり、助手のダビッドがつい言葉にだして機嫌よく調理していると、オルタンスの「だめ」が出たりする。ダビッドは性格のいい青年で、官邸の催事・レセプション・晩餐会を受け持つ主厨房の、オルタンスに対するいやがらせやイジメに閉口しながらもボスを守る。とうとうオルタンスの怒りが爆発する日がくる。牡蠣を保存するのに冷凍室を使わせてくれというオルタンスの要望を主厨房のシェフは断ったのだ。オルタンスはその足で主厨房に走り、シェフに言う。「あなたの態度は卑劣よ。サイテーだわ。料理人の誇りはないの? わたしが男なら張り倒してやる。あなたはわたしを嫌いだろうけど、こっちだっていっしょよ!」▼年に一度、大統領が家族・親戚をエリゼ宮に招待する恒例の昼食会が開かれる。主厨房がデザートを受け持ち、大統領の要請でメインコースを任されたのがオルタンスだ。本作には実際に調理するシーンがたくさんでてくる。できあがった料理は華やかなうえにもあでやかだが、それを作る手練の技がまたすばらしい。ざくざくと野菜を切る軽快な音、骨を捌くワイルドな音、貝殻をつけたまま貝を炒めるリズミカルな音、料理を整える水際立った一連の手わざが秩序の粋といえるほど美しい。そしてできあがった幾皿もの料理は、これこそ人間の幸せの根源だと信じさせる底力をたたえている。主厨房の妨害にもかかわらず、昼食会は大統領じきじきの賞賛の言葉で報われた。広い宮殿のなかの4人だけの味方と、調理台を囲んでオルタンスは乾杯する。4人とは助手のダビッド、オルタンスの弟子になりたいと主厨房からやってきた見習いふたりと、オルタンスを迎えに行ったときからの世話係だ▼官邸の人事と方針の変更により、大統領の健康上の理由ということで、オルタンスの料理は徹底的にチェックされ食材は厳しく限定された。脂肪も糖分も心配ないと言っても聞き入れられない。ある夜眠れないままにオルタンスが厨房に降りてくると、大統領が来た。「トリュフが届いたと聞いてね」と言う。オルタンスは手早く調理しカリカリのトーストに乗せて供する。ワインはシャトー・ラヤスの69年。大統領は小気味よい音をたててトーストを齧り、ワインを飲み独り言のように「最近いじめられているな」と言う。オルタンスは黙している。大統領は無理に喋らせようとせず「わたしもだ。逆境だよ。だからがんばれる。逆境は人生の唐辛子だな。いい夜を。マダム」▼大統領が国際会議で官邸を留守にしているときオルタンスは辞表を出した。専任シェフになって2年。疲労骨折するほどの疲れでヨレヨレだった。彼女が選んだつぎの勤務地はフランスの南極駐屯地だ。オルタンスは給食の賄い婦をやる。理由は「給料がよかったから」。彼女にはつぎの目的があった。官邸をやめオーストラリアに行ったのは地球上で最もトリュフに適した土地をさがすためだ。それをニュージーランドにみつけた。その土地で最高のトリュフをつくる資金を貯める必要があった。平安を求めるために極地に行ったのではない。平安とほど遠い荒涼の地の孤独は、しかし自分を取り戻すのに充分だったろう。所詮オルタンスはエリゼ宮から逃げたのであり、仕事をまっとうしたとはいえない、そう言えばいえる。しかし本人が望み通り存分にやったことの結果がサクセスだろうとなんだろうと、そんなこと知ったことかよ。険しい岩を咬む氷の海の虚無的な風景が、まるで人を慰撫しているように見えるラストだった。

Pocket
LINEで送る